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エコツーリズムの誕生と国際開発援助 [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 近年、国際開発援助(国際協力)においても、「エコツーリズム(ecotourism)」という用語が頻繁に使用されるようになってきた。このエコツーリズムの定義は様々で、10人集まれば10通りと言われている。実際世界的にも多くの国際会議、あるいは団体や研究者が定義を発表している。たとえば、第1回東アジア国立公園保護地域会議(1993年中国・北京)では、「環境に配慮した旅行の推進または旅行者が生態系や地方文化に対する著しい悪影響を及ぼすことなく自然および文化地域を訪れ、理解し、鑑賞し、楽しむことができるよう施設および環境教育を提供すること」とされている。国内でも、(財)日本自然保護協会やNPO法人日本エコツーリズム協会をはじめとして、多様な定義が発表されている。いずれにしろ、現在のところの大方の合意は、①自然や文化を損なわない持続可能な観光利用、②自然や文化の理解・学習、③地域社会の振興、の要素を含んでいることであろう。以下は、私の専門分野である自然保護地域・生物多様性保全を中心に、エコツーリズムと国際開発援助についてみてみる。

 前述のエコツーリズム要素の①自然を損なわない観光、②自然観察や自然解説・教育は、「エコツーリズム」用語の誕生前から長い歴史を持ち、我が国を含め世界的にも、自然保護や国立公園管理などの施策に取り入れられてきた。そもそも、国立公園とは自然を保護しつつレクリエーション利用などに供する場として設定されたもので、米国のレンジャーやビジターセンターに代表されるような自然解説も伴うものであった。しかし、国立公園誕生の過程では結果として、先住民であるネイティブ・アメリカン(インディアン)の土地を取り上げて保護地域とすることになった(ブログ記事「『米国型国立公園』の誕生秘話」を参照されたい)。同様に、アフリカ、中南米や東南アジアなどの植民地に導入された米国型の国立公園制度は、厳正な自然保護を重視するあまり、先住民などの伝統や生活を無視し、時には部落ごと公園区域から追い出すようなこともあった。そのため、燃料(薪炭)や食糧、薬草など公園内の自然資源に依存して生活していた人々は、レンジャー(国立公園管理官)の目を盗んで資源採取を繰り返し、公園管理と違法採取のイタチゴッコが続いた。また、かつての自然保護のための援助プログラムは、保護地域を設定し、そこでの自然観察のための仕組みは、ややもするとサファリのような大規模な観光開発に発展することもあった。

 こうしたマスツーリズムや地域社会対応への反省もあり、「持続可能な開発」の概念を提唱した「世界保全戦略」(IUCNなど1980年)、およびこれを受けて開催された「第3回世界国立公園会議」(1982年インドネシア・バリ島)などを経て「持続可能な観光(sustainable tourism)」の概念と地域社会を尊重する考え方が徐々に形成されてきた。さらに、「自然ツーリズム(nature-tourism)」、「コミュニティベース・ツーリズム(community-based tourism)」や「エコツーリズム(ecotourism)」などの用語も誕生してきた。80年代に誕生した「エコツーリズム」という用語は、第4回世界国立公園・保護地域会議(1992年ベネズエラ・カラカス)において、自然保護と地域社会発展の統合の手段として明確に位置づけられた。s-バードウォッチング.jpgすなわち、エコツーリズムによる地域社会の経済性向上によって、保護地域内の自然資源に依存する生活からの脱却を図り、また住民が自然の価値を再認識することで、自然保護を保証しようとするものである。また、単に地域住民との関係だけではない。多額の国際的負債を抱えた途上国政府を救済する手段としての「自然保護債務スワップ」の実施に際して、途上国の財政基盤を強化するための経済的手段(産業)としての位置づけもある。

 国際開発援助プログラムでは、「エコツーリズム」の用語を使用しているプログラムであっても、前述の要素をすべてを含んでいるとは限らないし、焦点の当て方もかなり異なる。一方で、「エコツーリズム」の用語を使用していなくとも、前述のエコツーリズムの要素に合致するような活動を取り入れているプログラムも多い。たとえば、保存団体や地域共同体などによる地域文化を保存するための経費収入の一環としてエコツーリズムロッジ運営などの場合もある。あるいは、地域の経済発展を目指す援助プログラムでは、外部資本によらずに、地域の活動として容易に実施できる観光産業としてのエコツーリズムを取り入れているものもある。

 自然保護とエコツーリズムに関連する事例では、80年代からは、保護地域の管理と地域住民の社会・経済的要求を調和させることにより自然保護を保証しようとする「保全開発統合プロジェクト(ICDP)」が、世界各地で援助プログラムとして大規模に実施された。ここでは、エコツーリズムの用語は使用していなくとも、自然保護と地域経済発展の両立を図るために、実質的なエコツーリズムが取り入れられてきた。しかし時として、経済開発を優先した大規模プロジェクトとして実施された場合には、従来のマスツーリズムに近くなる恐れも有している。また、90年代半ばからは「リオ宣言」(1992年リオデジャネイロ・ブラジル)などの影響もあり、国際協力の世界でも地域社会・共同体の尊重と住民参加を重視する傾向が強まった。開発プロジェクトも、ミニプロ(小規模プロジェクト)、草の根無償など援助額が小規模で、NGOなどが主体となるものが盛んになった。これに伴い、エコツーリズムを取り入れた援助プログラムも一層増加した。我が国でJICAプロジェクトとしてエコツーリズムを明確に活動計画に取り入れたおそらく最初の一つは、「インドネシア生物多様性保全計画」(1995年開始)(ブログ記事「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1および同2」を参照されたい)ではないだろうか。その後、マレーシアなど各地のプロジェクトでエコツーリズムが取り入れられてきている。

 最近は日本国内でも、各地で「エコツーリズム」「エコツアー」が脚光を浴びてきている。60年代の高度経済成長期のように、各地でスカイライン(観光道路)を造って自然を破壊するような観光開発は鳴りをひそめた。しかし、「エコツアー」そのものが、新たなブランド、観光商品として集客能力をもっているのも事実である。エコツーリズム先進地の各地では、観光客の増加やガイドの資質など、自然破壊にもつながりかねないエコツーリズムとは名ばかりの新たな問題も懸念されている。「エコツーリズム」とは、単に人間のための利益、地域社会の収入増加の手段として従来の「観光」が置き換わったものではなく、前述の要素①~③のすべての活動を通じて、人間が自然から受けた恩恵を自然に対して還元するものと考えたい。

 *この記事は、筆者「国際協力からみたエコツーリズム」(季刊ECOツーリズム42・43『エコツーリズム 未来への課題と展望』、2009年)、「生物多様性と国際開発援助」(環境研究126、2002年)および「インドネシアのエコツーリズム」(『エコツーリズムの世紀へ』エコツーリズム推進協議会編発行、1999年)をもとにしています。

 (写真)エコツーリズムロッジ(左手建物)前でのバードウォッチング(インドネシア)

 (関連ブログ記事)「エコツーリズムと保全について考える」 「『米国型国立公園』の誕生秘話」 「富士山の麓で国立公園について講演」 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1」 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト2」 「熱帯林の消滅
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