ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2) [生物多様性]
今回のブログは、前回に続いて「生物多様性条約」(Convention on Biological Diversity: CBD)に関するものだ。CBD成立は、途上国と先進国の対立、いわゆる南北対立の中で妥協の産物として成立したことについて解説しよう。
CBDは、1992年の「国連環境開発会議(UNCED)」に合わせて誕生した。1987年の国連環境計画(UNEP)管理理事会決議に基づき開始されたCBD作成作業は、当初は保全を中心とする各分野の既存条約を包括する枠組み条約(アンブレラ条約)として検討開始されたが、途上国の主張する遺伝子資源やバイオテクノロジーを含む関連技術へのアクセスとこれらの技術からもたらされた利益の還元(ABS)、遺伝子改変生物(LMO)の取り扱い、さらには財源問題など、次第に内容は広範になった。最終的に条約の目的は、生物多様性の保全、生物多様性構成要素(すなわち生物資源)の持続可能な利用、そして遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分の3本柱となった。
条約では、生物多様性を「生態系」「種」「遺伝子」レベルで保全することとしているが、その根本は「生息域内保全」だ。これは、保護地域などを設定して、できるだけ自然状態で保全する方法だ。これに対して、人間の管理下で、動植物園での保護増殖や種子、卵精子のシードバンクなどでの保存が、「生息域外保全」である。
この条約成立過程には、前のブログで説明したような生物資源をめぐる各国の争いが色濃く反映している。もちろん、大航海時代やその後の植民地、帝国主義の時代のように、武力を使用するわけではない。争いの場所は、国際的な環境政策を協議する場である。交渉過程でのCBDの条文内容の変化は、先進国と途上国との対立、いわゆる南北問題が生じた結果といえる。
すなわち、途上国は、発展を犠牲にして生物資源を保全してきたのは自分たちで、その資源を利用してきた先進国や企業は、利用のための技術やそこから生じる利益を資源の原産国である途上国に還元すべきとし、利益をむさぼる企業の行為を生物資源の海賊行為(バイオパイラシー)と非難している。こうして、条約に生物資源原産国としての途上国の権利認識、先進国が生物資源の活用により獲得した利益及び技術の途上国への還元・移転などを盛り込むよう主張した。
これに対して、農産物改良や新薬発見のために新たな生物資源を探査・利用したい多国籍企業などの意向も受けた先進国は、無制限の技術移転やその際の知的財産権侵害などに懸念を示し、知的財産権の確保などを主張した。その他、LMO問題や資金問題など、対立点は多い。しかし、UNCEDの機会を逃したら、CBDは永遠に成立しないかもしれないとの各国の焦りもあり、妥協の産物として成立した条文は、途上国の主張を大幅に取り入れ、かつ曖昧な表現となっている。多くの争点が、条約成立後のCOPに宿題として持ち越された。このような状況下で、多国籍企業などの圧力もあり、米国はいまだにCBDを批准していない。
この途上国の主張とそれに対する先進国の主張のすれ違いは、現在でも基本的には変わっていない。それでも、このままでは生物多様性の喪失が続き、人類の未来も危ういとの危機感から、合意への努力が続けられている。その場が締約国会議(COP)だ。今、名古屋では熱き論争が連日続いている。
(写真)熱き議論が続く名古屋COP10会議場(名古屋国際会議場)
*本稿は、筆者の以下の論文とブログ記事をとりまとめたものです。したがって、重複する文章もあります。
(関連論文)
「生物多様性条約はいまどうなっているのか」グローバルネット34(1993年)
「生物多様性政策の系譜」ランドスケープ研究64(4)(2001年)
「生物多様性保全と国際開発援助」環境研究126(2002年)
「国際環境政策論としての生物多様性概念の変遷」共栄大学研究論集3(2005年)
「IUCNにおける自然保護用語の変遷」環境情報科学論文集21(2007年)
「世界の国立公園の課題と展望-IUCN世界保護地域委員会の動向」国立公園659(2007年)
「国際的な生物多様性政策の転換点に関する研究」環境情報科学論文集23(2009年)
「生物多様性をめぐる国際関係 -COP10の背景と課題」国立公園687(2010年)
(関連ブログ記事)
「今、名古屋は元気印? COP10に参加して」
「COP10開会にあたって -COP10の背景と課題(1)生物資源の利用と生物種の絶滅」
「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」
「国際生物多様性年と名古屋COP10」
「生物多様性をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで」
「生物多様性国家戦略 -絵に描いた餅に終わらせないために」
「インドネシアの生物資源と生物多様性の保全」
「金と同じ高価な香辛料」
「熱帯林の消滅 -野生生物の宝庫・ボルネオ島と日本」
「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1」
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