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愛知ターゲットと保護地域 -保護地域の拡大になぜ対立するのか [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 名古屋で開催された生物多様性条約COP10の成果の一つ、生物多様性の保全目標などを定めた「愛知ターゲット」も、遺伝資源のアクセスと利益配分(ABS)のルールを定めた「名古屋議定書」と同様に、最後の最後まで論争が続いた。生物多様性の保全は、世界の誰もが賛同するはずなのに、なぜ対立が生じるのか。愛知ターゲットの20項目の一つで、最大の焦点でもあった「保護地域」について考えてみる。(本ブログは、「COP10の背景と課題」シリーズ(4)を「保護地域」カテゴリーとして重複掲載するものです。)

 生物多様性条約(CBD)では、保全のための主要な手段として「生息域内保全」を定めている(第8条)。これは、多様な生物や生態系を自然状態で保全しようというものだ。その中核的な方法として、保護地域を定めてできるだけ人間の影響などを排除して保全することも示されている。ちなみに、「生息域内保全(in-situ conservation)」でも危うくなった生物種などの保全のためには、動物園、植物園、さらにはシードバンク(種子銀行)やジーンバンク(遺伝子銀行)などの人間の管理下で保護することも必要だ。これを条約では「生息域外保全(ex-situ conservation)」と定めている(第9条)。

 保護地域は、古くは王侯貴族などの狩猟の場や狩猟対象動物の確保(game reserve)のために誕生した。紀元前700年には、アッシリアに出現したという記録もあるという。日本でも、江戸時代の鷹狩のための鷹場や御巣鷹山、あるいは鴨場などが知られている。先日NHKで放映された「ブラタモリ」でも、目黒界隈や現在の東京大学駒場キャンパス、あるいは浜離宮公園などの鷹場などを訪ねていた。鷹場では、建物の新築や鳥類の捕獲などが禁じられていたという。また、有用材の木曽五木を擁する尾張藩では、無断伐採者に対して死罪を含む厳罰で臨んだことも良く知られている。現在では、国立公園や世界遺産地域など、さまざまな種類の保護地域がある。(「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史」、「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類」)

 こうした保護地域について世界中の関係者が集まる会議「世界国立公園会議」が、1962年の米国シアトルを第1回として10年に1度開催されている。その第3回会議(1982年バリ)の会議勧告では、地球上全陸地面積の5%を保護地域にすることを目標としていた。その後、保護地域面積は順調に増加し、第4回会議(1992年カラカス)では目標を10%とした。生物多様性の保全のための「2010年目標」(2002年ハーグCOP6で採択、2004年クアラルンプールCOP7で詳細決定)では、陸域、海域(海域は2012年目標)ともに、10%を保護地域の目標値とした。その後も保護地域の増加は著しく、2008年には、陸上保護地域だけでも全世界で12万か所を超え、地球上の陸地面積の12.2%を占めるまでになった。

 s-生命の宝庫熱帯林0765.jpg保護地域は条約でも規定されるとおり生物多様性の保全に寄与するものであり、熱帯林の消失などに対処するため先進国を中心に保護地域の一層の拡大を求める声は強い。そこで、名古屋のCOP10では、「ポスト2010年目標」として、保護地域の目標を15%に、あるいは20%にする案などが議論された。一般的には、生物多様性の保全のためには保護地域拡大が有効であることには反対論も少ないはずだと考えられる。しかし、途上国などは、高い目標値の設定には強く反対した。  

 途上国が保護地域面積割合の拡大に反対するのは、一言でいえば、開発などに支障があり、世界の生物多様性保全の恩恵は先進国の受けるのに、保全のために途上国だけが犠牲を強いられていると考えるからだ。こうした考えに基づく南北対立の構図は、制定過程を含む生物多様性条約全般にみることができる。地球温暖化の論争でも同様だ。

 その背景には、植民地時代などの保護地域は、先進国の人々の狩猟や観光などの目的、あるいは単に保護主義による野生生物保護の目的だけのために設定されたもので、地域住民(先住民)には利益はなかったとの思いがある。実際、保護地域内に居住していた住民は、保護地域から追放され、いわゆる米国型(イエローストーン型)の国立公園などとして管理されてきた。(「アバター  先住民社会と保護地域」)

 単に自然状態を維持するだけで森林伐採など資源利用もできない保護地域は、何も利益を生み出さないと途上国は考える。それだけではない、保護地域として管理するためには、保護地域の資源に依存する住民から自然を守るためのレンジャーなど、保護のための費用も膨大なものとなる。こうした点も、途上国の被害者意識を一層高めることになる。数字の上では保護地域面積は増加していても、途上国などでは単に地図上で指定しただけ(地図上公園Paper Park)で、実際には保護地域として管理されておらず、その機能を有していないものがたくさんある。

 途上国としても、生物多様性の「持続可能な利用」には理解を示すようになってきた。そこで、ある程度の保護地域拡大はやむを得ないとしても、保護地域管理のため、あるいは開発を犠牲にした代償として、相当の資金を要求している。しかし、際限ない資金供与の懸念から、先進国は途上国の主張に抵抗している。

 これらの背景と主張がからむ保護地域に関する南北対立も、会期末ギリギリのところで、日本を含む先進国側の援助資金提供の意思表示と、保護地域面積割合を提案されていた案の中間でもある17%とすることで、何とか妥結した。しかし、海域の保護地域については、10%で妥結したものの、日本を含め世界の現状は目標から遥かに遠い。世界全体の海域保護地域は、わずか1%にすぎない。一方で、乱獲や埋め立て開発など、生物多様性への脅威は続いている。

 一口に「保護地域」と言ってもその目的、保護地域内の管理手法などは千差万別であり、生物多様性保全の効果も面積割合だけでは語れない。保護地域の面積だけが増加しても、図上だけで実態のないペーパーパークでは意味がない。資金や技術の援助をすることも先進国の責任の一つだ。また、かつての植民地のように、地域住民だけに犠牲や負担を強いるものであってはならない。生物多様性が保全されることによって恩恵を受ける先進国の私たちも、日常生活からは離れた熱帯林や海域の保護と開発(地域社会)のあり方を真剣に考えたい。それにしても、またまた繰り返される「総論賛成、各論反対」はどうにかならないでしょうかネ。そして、生物多様性条約に未だ加盟していない米国も。

 (写真) 生物多様性の宝庫、熱帯林(コスタリカにて)

 (関連ブログ記事)
 「意外と遅い?国立公園の誕生 -近代保護地域制度誕生の歴史
 「日本の国立公園は自然保護地域ではない? -多様な保護地域の分類
 「アバター  先住民社会と保護地域
 「『米国型国立公園』の誕生秘話
 「エコツーリズムの誕生と国際開発援助
 「名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)
 「ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2)
 「生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1)


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