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ゾウの楽園の背後にあるもの -国立公園 人と自然(番外編1追補)ワイ・カンバス国立公園(インドネシア) [   国立公園 人と自然]

 インドネシア・スマトラ島南部のワイ・カンバス(Way Kambas)国立公園にはゾウの訓練所があり、訪問者はゾウの背に乗ってジャングルを巡るエコツアー体験もできるので人気がある。ところで、このゾウたちは一体どうしてここに来ることになったのだろうか。そこには、ゾウと人間それぞれの生存を懸けた壮烈な戦いの姿が浮かび上がる。

 s-ゾウのトレッキング00937.jpgインドネシアは、東南アジア型(東洋区)の動物とオセアニア型(オーストラリア区)の動物が生息する世界でも有数の生物多様性の宝庫だ。バリ島とロンボック島の間を通るこの境界は、ウォーレス線として知られている。なお、この分布の相違を発見したウォーレス(Alfred R. Wallace)は、自然選択説を提唱し、ダーウィンの進化論(種の起源)の発表にも影響を与えた博物学者としても有名だ。

 スマトラ島には、トラやサイなどのアジア型の動物が生息している。ゾウもその1種だ。ジャワ島など他の島では、トラもゾウも絶滅してしまったが、カリマンタン島(マレーシアでは、ボルネオ島と呼ばれる)とスマトラ島には、現在も生息している。

 そのゾウたちは、熱帯林の伐採によって住処を奪われている。スマトラ島は、2000-2005年の間で1,345,500haもの森林減少があり、インドネシア国内でも最も森林減少・劣化が進行している地域だ。その熱帯林の伐採の原因は様々だ。最近では、スナック菓子などの揚げ物油やバイオディーゼル(バイオ燃料)原料のオイルパーム・プランテーション造成のために急速に伐採が進んでいる。地球温暖化防止のためのバイオディーゼルが、二酸化炭素を吸収固定する熱帯林の伐採につながるのだから、皮肉なものだ。またこれまでにも、天然ゴムやココナツヤシ、さらにはキャッサバ(シンコン)やバナナのプランテーションが開発されてきた。

 s-パイナップル畑00303.jpg住処を奪われたゾウたちも生きて、子孫を残さなければならない。しかし、豊富な食料(餌)を提供してくれた森林はもはやわずかだ。そこで、手っ取り早く餌を確保するため、集落周辺のバナナ園や畑を荒らすことになる。ときには、うまそうな匂いにつられてか、人家を破壊してしまうこともある。これについては、ゾウが人間に対する報復として、意図的に集落を襲うという説もあるが。

 それに対して腹を立てた村人たちは、ゾウを殺してしまう。いわゆる有害獣駆除だ。その際に傷を負ったゾウや母親が殺されてしまった乳飲み子のゾウなどが、ワイカンバス国立公園の訓練センターに連れてこられるのだ。もっと積極的に、ゾウを単に駆除するのではなく、捕獲し訓練して、木材運搬や観光に利用しようとの思惑もある。

 ワイ・カンバス国立公園のあるスマトラ島南部は西側のバリサン山脈地域を除けば比較的平坦だ。また、首都ジャカルタもあるジャワ島ともフェリーで結ばれている。そこに目を付けた政府の移住省は、人口稠密なジャワ島から島外に住民を移住させる「移住政策」の対象地としてスマトラ島南部に目を付け、大量のジャワ人やスンダ人を入植させた。

 ワイ・カンバス国立公園周辺でもこうした入植地が拡大した。ときには移住省の手違いで国立公園制度創設前の保護地域内に移住させたこともあった。現在の国立公園南部の境界付近は、そのようにして森林が畑地や集落に転換されていったのだ。その後国立公園が指定され、保護地域内への移住は誤りだったと気付いた移住省は、その地域の住民を公園外に再移住させた。今から30年ほど前のことだ。

 さすがに公園内の元の集落跡地は森林に遷移しつつあるが、隣接地では現在も大規模な農地が広がっている。かつて盛んに栽培されたデンプン採取用のキャッサバ(シンコン)畑は、より収益性の高いパイナップル畑に代わっている。また、輸出用のバナナ栽培も盛んだ。果実は傷つかないように、房全体が紙袋で覆われている。

 360度見渡す限りの畑(プランテーション)。これではゾウが野生のままで生きていけるはずがない。畑地に餌を求めるのも無理はない。ゾウと人間との居住地を巡る争いは、いまだに続いている。ワイ・カンバス国立公園の訓練センターのゾウは、こうした争いの犠牲者なのだ。同時に人間もまた、政策に翻弄された犠牲者かもしれない。

 (写真上) ゾウに乗ってトレッキングを楽しむ観光客
 (写真下) 国立公園境界付近の見渡す限りのパイナップル畑

 (関連ブログ記事)
 「国立公園 人と自然(番外編1)ワイ・カンバス国立公園(インドネシア) -ゾウと人との共存を求めて
 「インドネシアから帰国 -時間は流れる
 「南スマトラ調査
 「インドネシアの生物資源と生物多様性の保全
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 「インドネシア生物多様性プロジェクト1
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mimimomo

こんばんは^^
人間はその存在自体が自然破壊に繋がりますからね。だからといって、やはり生きていかなくてはならないし、難しいことです。
今朝のテレビでしたか、ニュースでオーストラリアのオランウータンが絶滅の危機に瀕しているからパームヤシ油を出来るだけ使わないようにと言う法律(?)を設けたのだったか、そんなことを言っていました。
by mimimomo (2013-05-22 18:53) 

staka

mimimomoさん、今、調査でベトナムに来ています。
こちらでも、広大な面積のマングローブ林がエビ養殖池に転換されています。
私たちの生活と野生生物の生活の両立、難しい課題ですが、放ってもおけませんね。
by staka (2013-05-29 16:15) 

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