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生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1) [生物多様性]

 先週までのMOP5(「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」)に引き続き、いよいよ生物多様性条約COP10が本日(2010年10月18日)開会した。このところ、連日のように新聞やテレビで「生物多様性」が取り上げられ、一般的にもなじみが出てきたようだ。これまで、このブログでも生物多様性条約に関連して、生物の絶滅、生物資源やそれをめぐる国際関係、私たちの生活と生物多様性、さらには国際援助、保護地域、エコツーリズムなど、様々な話題を取り上げてきた。COP10の開会にあたり、私のこれまでの発表論文やブログ記事を取りまとめる形で、生物多様性をめぐる国際関係をおさらいしてみようと思う。このため、一部の記述や写真は、以前のブログと重複することをお許し願いたい。

 s-CIMG0358.jpgまずは、生物資源の利用と生物種の絶滅についてだ。私たちが西洋料理の食材と思い込んでいるドイツ料理のジャガイモ、イタリア料理のトマトなどは、いずれもヨーロッパ原産ではない。これらの食材やたばこなど多くのものが南米から伝わった。1492年、旗艦サンタ・マリア号に乗り込んだコロンブスが、アメリカ(西インド諸島)にたどり着いたときからそれは始まった。それ以降、つまり大航海時代には、食材だけでなく、香辛料や薬草を求めて、探検家たちは世界を駆け回り、ヨーロッパ列強は世界を分割支配した。肉料理に使う香辛料のチョウジは、モルッカ諸島(現在インドネシアの一部)だけに産出した。当時は同じ重さの金よりも高価であった。覇権争いに勝利したオランダは、東インド会社を設立し、これらの権益を独占した。

 私たちが病気のときに世話になる医薬品。今日使用されている薬品の40%以上は野生生物に由来しているという。南米インカで使用されていたキナ樹皮に由来するキニーネは、マラリア特効薬として有名だ。現代でも、プラントハンターと呼ばれる多くの人々が密林の奥深くで新薬の原料を探している。マダガスカルのニチニチソウやカナダのイチイなどに由来するガンの特効薬も、こうして発見され、商品化されつつある。何しろ、ひとたび薬品がヒットすれば、1品目で年に軽く1500億円は稼げるという。世界全体では、なんと70兆円の利益とも言われている。マラリア特効薬のキニーネの例のように、近代科学の申し子のような医薬品も、その情報を提供してくれるのは皮肉にも未開の人々といわれる先住民族たちだ。記憶に新しいところでは、新型インフルエンザの治療薬タミフルは、ハッカクという中国原産の香辛料だ。

 s-ジャム―売りCIMG0530.jpg人類が資源として利用するのは植物だけではない。動物もまた食料や毛皮、装飾品、薬品(漢方薬)などの目的で大量に捕獲され、絶滅に至ったものも多い。有名な例では、北アメリカに50億羽も生息していたリョコウバトは、ヨーロッパ人の移住とともに食肉や羽毛採取が目的で殺戮され、1914年には地球上からその姿を消してしまったという。

 生物および生態系は、このように「生物資源」として食料、医薬品などの原材料を提供しているほか、我々人類の「生存基盤」として、酸素供給や水源涵養、気候緩和などの役割も有している。また、芸術文化の対象となるなど精神面でも不可欠のものである。これらの便益は「生態系サービス」と呼ばれ、国連が実施した「ミレニアム・エコシステム・アセスメント(ミレニアム生態系評価)」(2005年公表)では「基盤サービス」「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」に分類されている。

 さまざまな便益を我々人類に提供してくれる生物多様性の構成要素である生物種は、全世界に高等なものだけでも1000万種から3000万種、あるいはそれ以上存在すると推定されている。このうち、分類され命名されているものは140万種にすぎない。熱帯林は、これら地球上に存する生物種の50~90%を擁しているが、多くの野生生物は、熱帯林の消失などにともない、人類に認識される前にこの世から姿を消しているのが現状だ。

 (写真上) 生物資源の争奪戦の対象となったチョウジ乾燥風景(インドネシアにて)
 (写真下) 生薬ジャム-売り(インドネシアにて)

 *本稿は、筆者の以下の論文とブログ記事をとりまとめたものです。

 (関連論文)
 「生物多様性条約はいまどうなっているのか」グローバルネット34(1993年)
 「生物多様性政策の系譜」ランドスケープ研究64(4)(2001年)
 「生物多様性保全と国際開発援助」環境研究126(2002年)
 「国際環境政策論としての生物多様性概念の変遷」共栄大学研究論集3(2005年)
 「IUCNにおける自然保護用語の変遷」環境情報科学論文集21(2007年)
 「世界の国立公園の課題と展望-IUCN世界保護地域委員会の動向」国立公園659(2007年)
 「国際的な生物多様性政策の転換点に関する研究」環境情報科学論文集23(2009年)
 「生物多様性をめぐる国際関係 -COP10の背景と課題」国立公園687(2010年)

 (関連ブログ記事)
 「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって
 「国際生物多様性年と名古屋COP10
 「生物多様性をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで
 「生物多様性国家戦略 -絵に描いた餅に終わらせないために
 「インドネシアの生物資源と生物多様性の保全
 「金と同じ高価な香辛料
 「熱帯林の消滅 -野生生物の宝庫・ボルネオ島と日本
 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト1
 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト2
 「インドネシア生物多様性保全プロジェクト3

 (2010.10.24更新)


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mimimomo

こんにちは^^
ペルーに行ったとき、キニーネのお話をガイドさん《日本人》が
してくれました。そのとき初めて、こんなところからお薬の原料を持って来ているって知りました。
by mimimomo (2014-05-06 11:58) 

staka

mimimomoさん、そうなんですよね。
キニーネも、ガン特効薬も、もとをただせば、原生林の生物資源なのですね。
これが金になるものですから、植民地の先住民や国はそっちのけで、昔から先進国間で争ってきたのです。現在の生物多様性条約には、そんな背景もあるのですね。
by staka (2014-05-06 22:28) 

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