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遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5) [生物多様性]

  このたびの東日本大震災とともに、原子力発電所の安全神話は一気に崩れ去った。フクシマの脅威は世界を駆け巡り、各国の原発政策にも大きな影響を与えている。何事にも過信は禁物だし、“絶対”というものも存在しないことを思い知らされた。

 実は、生物多様性条約(CBD)をめぐる議論でも、“安全性”に関して長い間対立が続いてきた。それは、「バイオテクノロジー(バイテク)」により改変された生物、すなわち「遺伝子組み換え生物」(生物多様性条約ではGenetically Modified Organism: GMO、カルタヘナ議定書ではLiving Modified Organism: LMOを使用。このブログ記事では、以下LMO。)に関する安全性“バイオセイフティ(biosafety)”だ。CBDでは、第8条および第19条で取り上げている。CBDの成立が提唱された当初は、バイオセイフティに関する条項は含まれていなかった。それが、条文に位置づけられるようになった背景には、遺伝資源をめぐる先進国と途上国の対立、いわゆる南北問題がある。

 以前のブログ記事「生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで」などでも取り上げたとおり、遺伝資源やバイオセイフティ関連の条文は主として途上国の主張により挿入された。熱帯などの途上国に存在する生物資源から、先進国(実際には主に米国などの多国籍企業)は食料品や医薬品などを製品化して大儲けしている。その過程で、バイテクによる遺伝子組み換えも行われる。途上国は、原産国としての途上国に利益を還元し、遺伝子組み換えなどの技術も移転すべきだと主張した。先進国は、野放図な利益還元はできないし、知的財産権保護からも、途上国の主張を拒否し、多国籍企業の議会への圧力を背景にした米国は、いまだにCBDを批准していない。

 バイテクの安全性についても、自国で生産する技術のない途上国は、LMOが自然界に放出されると生物多様性に影響があるとして、その安全性の規定を条文に盛り込むべきだと主張した。一方、LMOを作り出している先進国(多国籍企業の意向を受けて)は、安全に配慮してLMOを取り扱っているから問題ない、それどころかバイテク産業への過剰な干渉だとして、規制に反対してきた。結局対立は解消されないまま、CBD成立時には妥協の産物として、今後安全性に関して条約(議定書)を検討する旨が盛り込まれた。ここまでが、本ブログ記事「遺伝子組み換え生物と安全神話」の背景のおさらいだ。  

 CBDを受けた「カルタヘナ議定書」(2000年採択)では、LMOが知らぬうちに国内に蔓延しないよう、安全性(バイオセイフティ)の観点から国境移動などについての手続きを定めた。しかし、輸入国などにおいて生態系などに影響(被害)を与えた場合の補償など(責任と救済)については意見がまとまらず、議定書条文では国際規則などを4年以内に定めることとされていた。

 COP10に先立つMOP5(本ブログ記事「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」参照)で採択された「名古屋・クアラルンプール補足議定書」は、「カルタヘナ議定書」ではまとまらなかった原状回復や賠償などについてのルールを定めている。すなわち、輸入国などでLMOによる交雑や原産種の駆逐など生態系への影響が生じた場合には、輸入国政府はそのLMOの製造・輸出入事業者などを特定し、原状回復や損害賠償、さらには賠償のための基金創設などを求めることができるとするものだ。なお、議定書交渉が難航した原因の一つに、LMOの範囲としてLMOを基にした生成物(派生物)も含めるかどうかの対立があったが、最終的には生成物も対象となった。

 s-大豆製品01133.jpgところで、なぜLMOの安全性に関して合意されるまで、こんなに時間がかかったのだろうか。現実に、遺伝子組み換え大豆などは日本にも輸入され、遺伝子組み換えのナタネの種が、日本各地で見つかっているという。生態系への影響はないのだろうか。これまでも品種改良は昔から行われてきた。しかし決定的に異なるのは、品種改良は自然の摂理に基づいていることだろう。確かに、レオポン(leopon)(雄ヒョウと雌ライオンの雑種)など、自然界では生じることのない種を人間は作り出した。しかしそれは、地理的環境などにより自然界では交雑することはほとんどないだけで、同じネコ科同士で生物学的には近縁だ。また一代雑種F1には子孫を残す能力はく、仮に自然界に放出されても生態系には影響はないようだ。もっともこれも、繁殖能力がないとも言い切れないようだから、話は複雑だが。

 一方、LMOはわけが違う。自然の摂理を離れた、いわば神の領域にまで人間が踏み込んだ結果だ。その影響は計り知れない。生態系だけでなく、人間の健康にも影響は及ぶだろうが、想定さえもつかない。しかし、国内でもこの議論の当初は、LMOは実験室や圃場など閉じられた空間で、個別の取扱要綱に基づき安全性には配慮して慎重に扱っているので、新たな法律などによる規制は必要ない、と関係当局が主張していたのを私は覚えている。その構造は、世界の南北対立の議論と同じだ。

 これって、原発の“絶対安全”の主張、「安全神話」とどこが違うのだろう。かつて、自然界に存在しない物質フロンを創造し、その利用価値から夢の物質とまで称讃されたにもかかわらず、それがオゾン層破壊の元凶となった経験を私たちは忘れてはならない。私たちの現代科学、人間の知恵とはその程度なのだ。

 このたびの原発事故では、いまだに自宅に帰ることもできない方々も多い。風評被害や節電の影響も、農業、工業を問わず、また日本のみならず世界的にも甚大な影響を及ぼしている。これを契機に、当事者の言う「安全性」をもう一度検証するとともに、安全を主張する側は皆が納得するだけの情報開示をしてもらいたいものだ。

 遺伝子組み換えでも同じことが言えるだろう。安全神話は、慎重になってもなり過ぎることはないだろう。その結果、物事の進み具合が遅くなっても、焦らずのんびり行こうではありませんか。この際だから。

 (写真)日本の食卓に多い豆腐や納豆などダイズ製品には、「遺伝子組換えダイズは使用していません」の表示があるが・・・

 (関連ブログ記事)
 「生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで
 「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって
 「インドネシアの生物資源と生物多様性の保全
 「生物資源と植民地 -COP10の背景と課題(1)
 「ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2)
 「名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)
 「愛知ターゲット 保護地域でなぜ対立するのか -COP10の背景と課題(4)
 「アクセスの多い「名古屋COP10成果」ブログ記事
 「地震ニュースとCMの多様性 -私的テレビ時評
 「イベント自粛と被災地との連帯 -自粛の連鎖から多様性を考える
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