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自然と癒し -日本人は自然の中でのんびりと過ごせるか [自然の中での余暇と癒し]

 夏休みともなると、旅行などで野山や海、湖など自然の地域に出かけることが多くなる。森の中に住んだヘンリー・D・ソローの「森の生活」を引き合いに出すまでもなく、人類は自然の中に「癒し」を見出し、特に現代人は自然を求めている。内閣府の世論調査でも、多くの現代日本人は自然が心にやすらぎやうるおいを与えてくれると考えていて、美しい自然や風景に接したい欲求を持っている。森林浴も盛んだ。

 一方で、海外旅行先などでの経験では、草地や海岸などで長時間寝そべって時間を過ごす西欧人に比べて、忙しく動き回る日本人は長時間にわたって自然の中で滞留することは苦手のように思える。たとえば、生物多様性条約第1回締約国会議がカリブ海のリゾート地バハマで開催された時、宿舎と会議場を日に何度となく往復する私が目にしたのは、朝から夕方まで浜辺のデッキチェアーで読書をしている欧米の観光客の姿だった。それに対して、日本人カップルは浜辺にやってきて欧米人同様デッキチェアーに寝そべって飲み物を注文したものの、飲み終わるとそそくさと立ち去ってしまった。この間せいぜい30分。おそらくはパラセーリングなどのよりアクティブなマリンスポーツにでも行ったのだろう。s-日光浴(バハマ).jpg

 バハマの日本人カップルが別に特殊なわけでもなく、長年バリ島(インドネシア)の観光を研究してきた山下晋司氏も同様の指摘をしている(「バリ 観光人類学のレッスン」東京大学出版会)。また、日本文化に造詣の深い米国人アレックス・カー氏は、著書「美しき日本の残像」(朝日新聞社)の中で現代日本人の自然との接し方について、次の体験を紹介している。「こうして自然を讃えることはもう現代の人たちには理解できないことかもしれません。このあいだ、友人はこう言いました。『ただ山の自然を見に行くことは退屈なことです。することがあって、初めて自然が面白くなる。例えばゴルフとかスキーとか』。ひょっとしたらそのすることがあっての自然しか今の人たちにはわからないかも知れません。だから自然を破壊してゴルフ場やスキー場を次々建てなければならないのでしょう。」(アンダーライン部は、原著では傍点)

 私は自然公園の管理に関する研究の一環として、箱根で「自然の中での長時間滞留」についての調査をした。夏休みの間、桃源台にある「箱根ビジターセンター」と「芦ノ湖キャンプ村」でのアンケートで、日本人が自然の中で過ごす意識を探ろうとしたものだ。以下は、その調査結果からの考察である。なお、この調査では、「長時間滞留」とは、読書や会話など以外に特別な行動を伴わず、1か所におおむね2時間以上滞留することとしている。

 多くの人(約70%)は、自然の中での長時間滞留の経験があり、半数(51%)は長時間滞留を好んでいるという。しかし、ビジターセンターとその周辺広場での滞留時間は、70%が2時間以下であり、30分から1時間が42%を占める。1時間以上の滞留者でも、ビジターセンターの展示・映像等の見学(48%)や周辺園地の散策(43%)が大部分で、後に続く休憩スペースでの休息(29%)や周辺園地での休息(24%)はグッと少なくなる(ともに、複数回答)。日本人が自然の中で長時間滞留をしたくてもできない理由は何だろうか。アンケート結果では、「旅行日程上余裕がない」のが最も多く(43.5%)、「できるだけ多くの場所に行きたい」(34.8%)、「じっとしているのが苦手・落ち着かない」(28.3%)などである。さらに「日焼け・虫さされが気になる」「つまらない・飽きる」、中には「せっかくお金をかけて来ているのにもったいない」という人もいる。ブログ長時間滞留理由.jpg

 芦ノ湖キャンプ村には、テラス付ログハウス風のケビンがあり、2部屋の寝室とカウンターキッチンのリビングダイニング、さらにバス、トイレ、食器なども完備しており、人気が高い。ここでの宿泊を選択した理由(目的)は、「自然の中で長時間過ごす」ためが最も多く(54.7%)、次いで「経費が安い」(48.4%)、「周囲の自然が良好、静かなため」(46.9%)、「ケビンが気に入っているため」(42.2%)、「なにもしないでゆっくりするため」(26.6%)、「都会の生活から離れるため」(25.0%)、「共同炊事などを通じての親睦のため」(21.9%)、「散策・登山の拠点のため」(15.6%)などが続いている(複数回答)。夜間就寝中を除いて、長時間滞在した場所は、ケビン内が大半(67.7%)で、湖岸や樹林内は19.3%、野外キャンプエリアまたはバーベキューガーデンが6.5%、その他レストラン、多目的ホール等が6.5%となっている。長時間滞留場所での行動は主に、食事(準備・片付けを含む)(41.9%)と会話(35.4%)が多く、散策(24.2%)、ゲーム(11.3%)(複数回答)と続き、さすがに仕事の人はいない。

 キャンプ村滞在日数は半数近く(47.6%)が1泊だけであることを考慮すると、どうやらキャンプ村での生活は、夕方に到着してバーベキューなどの食事をし、翌日午前中(チェックアウトは午前10時)には出発していくことになりそうだ。これでは、自然の中に滞在した実感は味わえないのではないだろうか。一方で欧米人家族利用者の多くは、遅い時間の朝食後、子供たちは湖岸や樹林内で水遊びや虫取りなどに戯れ、夫婦はケビンのベランダでゆったりと周囲の自然を眺めてコーヒーを飲みながら、会話あるいは読書で1日を終えて、再びケビンで夕食をとるというパターンだ。もっとも、欧米人でも最近はのんびりとリゾートライフを楽しむ余裕はだんだん無くなってきているらしいが。

 少なくとも昭和初期頃までに来日した欧米人の目には、日本人がのんびりしていると映った。どうやら、経済の発展と共に日本人の生活のテンポが速くなり、“せっかち”さが前面に出てきたようだ。時間に追われている現代の私たちにとって、普段の都会生活から離れて自然に囲まれたケビンでゆったりと会話を楽しみながら食事をし、あるいはゲームなどで家族や友人との絆を深めることは、この上ない贅沢なのかもしれない。

 欧米人がのんびりと日光浴を楽しむ習慣を持っているのは、高緯度で半年間は太陽に恵まれない風土もあるのだろう。5月にノルウェーでの会議の際に目にしたのは、まだ肌寒いだろうに、公園の芝生の上で上半身裸で日光浴に興じる人々だった。日本人でも、釣りのときには、釣果にじっと目を凝らして”長時間滞留”している。これには、一見のんびりしているようでも、餌の付け替えなどむしろ短気な人に向いているともいうが。あるいは、小笠原の父島「ウェザーステーション展望台」では、沖合のクジラの姿が見えるまで長時間待ち続ける人も多い。
 
 自然の中での長時間滞留では、目的意識があるかどうかで、それを苦痛と感じるどうかが変わってくるのかもしれない。時間に追われ、時間を消費するのではなく、自らの時間を創り、はるか以前から人類に脈々と流れる自然の時間を大事にしたいものだ。

 (写真) 海岸でのんびりと日光浴に興じる親子連れ(バハマ・ナッソーにて)

 (この記事は、論文「自然の中での長時間滞留」(余暇学研究7、2004)および「キャンプ場利用と自然の中での長時間滞在」(余暇学研究9、2006)をもとに書き下ろしたものです。引用文献の表示・一覧等は省略しました。)
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