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知床旅情と世界遺産で急増した観光客 -国立公園 人と自然(5) 知床国立公園 [   国立公園 人と自然]

 「知床」は、アイヌ語の「シリエトク」で、「地の果て」を意味している。その名のとおり、知床半島は、北海道の東北端に位置する原始地域だ。半島の脊梁部には険しい火山連峰と深い原生林が、また海岸部では直立の海食崖にかかる滝が直接海に落ち込むなど、原始的な自然景観が特徴となっている。ヒグマ、エゾシカなどの大型獣や、シマフクロウ、クマゲラ、オジロワシ、オオワシなどの希少な大型鳥類も多く、また海域ではトド、アザラシなども見られる。冬季に接岸する流氷上でのんびりするトドやオジロワシの姿は、実に絵になる。最近では、これらの動植物を観察するエコツアーも盛んだ。知床国立公園の原始性の高さは、他の国立公園と比較した数字の上でも明らかである。たとえば、公園内の森林などの植物(植生)は、ほぼ100%が人の活動の影響を受けていない。また、最も保護の必要性が高い地域である特別保護地区は、60.9%を占め、ともにわが国の国立公園の中でも傑出している。

 s-知床岬2_2.jpgこの公園が指定されてまもない1970年、加藤登紀子が歌う「知床旅情」が大ヒットした。もともとは、ヒットの10年ほど前、戸川幸夫原作の「オホーツク老人」を映画化した「地の涯に生きるもの」のロケに来ていた主演の森繁久弥が、地元の人々の協力に感謝して作詞・作曲したものだという。小説や映画は知らなくとも、歌を知らない人はいないくらいで、当時の国鉄(現JR)のディスカバリー・ジャパンという観光キャンペーンとも相まって、多くの観光客やカニ族と呼ばれた若者たちを知床に惹きつけた。カニ族を知らない人のために解説すると、北海道各地を無銭旅行に近い形で、旅行する若者たちのことで、大きな横長のリュックサックを背負っていたため狭い通路ではまっすぐに歩けず、横になって進んだためにその名がついた。北海道各地の駅では、彼らの寝泊りのためにテント村まで用意して便宜を図った。貧しくとも、人情のあった時代の話だ。

 知床旅情のヒットから35年後、2005年7月に知床は日本で3番目の「世界自然遺産」に登録された。海と陸との食物連鎖を見ることのできる貴重な自然が評価されたものだ。それだけに、時に漁網への被害を与える海獣など海洋生態系の保全と漁業との両立も課題だ。また、世界遺産のネームバリューは大きく、登録を契機に観光客が急増した。最近では、増加したエゾシカによる植生への影響(食害)も深刻だ。さらに、観光客によるエゾシカへの餌付け、ヒグマと観光客との遭遇なども問題となっている。知床半島の先端まで到達する道路はなく、斜里町側からは中ほどの知床五湖までしか行けない。その手前には温泉がそのまま滝となって海まで流れ落ちるカムイワッカ湯の滝の露天風呂もある。半島先端の知床灯台を見るためには、観光遊覧船に乗るしかない。知床旅情のヒットや1980年の知床横断道路の開通、さらには世界遺産の登録により観光客が増加したため、知床五湖ではマイカー規制が実施されている。国立公園、国有林野、漁業、観光業など、複数の行政・自治体にもまたがる知床半島の世界遺産保全のために、多利用型統合的海域管理計画の策定(2007年)なども行われているが、まだまだ課題は多い。

 s-流氷(羅臼)_2.jpg北方四島のひとつ国後島を望む羅臼や反対側のウトロでは、サケの定置網漁が盛んだ。半島には途中までしか道路はなく、また地形も急峻なため、海岸沿いに点在する番屋と呼ばれる作業小屋まで漁船で通う。私も阿寒湖のレンジャー時代に番屋の一つに泊めてもらったことがある。その番屋でサケ尽くしの料理と酒に盛り上がった漁師たちからは、かつて豊漁の際には鮭御殿が建ち、札束を懐にして飛行機で東京銀座まで飲みに出かけたという話を聞かされた。そんな豪傑話も今は昔、船の高速化で使用されなくなった番屋は、荒れ果てるままである。戦後緊急開拓による原生林伐採、日本列島改造による離農開拓原野の買い占め、それらの保全と回復するための「知床100平方メートル運動」(ナショナルトラスト)、18年の歳月を費やした知床横断道路開通、国有林経営転換の契機ともなった国有林伐採問題などなど、日本の自然保護史上にとどめられるべき知床半島を舞台にした多くの出来事も、番屋と同様に時の移ろいとともに人々の記憶の彼方になりつつあるのは寂しい。

1964年6月指定 38,633㌶
北海道

 (写真上) 知床岬灯台(エゾシカの増加により、現在は植生も変化しているという)
 (写真下) 流氷(羅臼側)(画面では見にくいが、流氷上にはオオワシとオジロワシの群れ、遠方には国後島がかすかに見えるはず)


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mimimomo

知床半島には行くには行ったのですが、
確かに自然が大きすぎ(?) 雨や風で船には乗れず、
陸路は熊に阻まれて五湖も見ることができませんでした。
自然を守るって大変なことですね。
by mimimomo (2013-05-17 18:44) 

staka

mimimomoさん、十分楽しむことができなくて残念でしたね。再度挑戦する機会があるとよいですね。
by staka (2013-05-18 10:41) 

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