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神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島 -国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立 [   国立公園 人と自然]

 西暦2000年代(00年代)の最後の年も、もうすぐ暮れようとしている。本年最後となる国立公園を巡る人と自然の物語は、神話や巨木の霧島屋久国立公園だ。

 霧島屋久国立公園は、1934(昭和9)年に指定されたわが国最初の国立公園の一つで、指定当初の名称は「霧島国立公園」だった。当時指定された地域は、天孫降臨の神話で名高い高千穂を含む「霧島地域」で、霧や霧氷が多いことからその名がついたといわれている。もともと火山活動により生じた地形で、20を超える山と火口湖など景色も雄大であり、登山にも親しまれている。学校で習った霧島火山帯の名を思い出す人も多いだろう。国立公園の名前よりもこちらの方が有名かもしれない、と思うのは国立公園関係者のひがみだろうか。火山地帯のため湯煙も豊富で、味わい深い温泉も多い。もう一つ霧島の名を広めたものに、ミヤマキリシマがある。ツツジの種類で、5月には阿蘇や雲仙など九州各地の火山をピンクの絨毯で埋め尽くす。色の変化もあり、他のツツジと交配した園芸品種も多い。また、霧島は、日本で最初の新婚旅行ともいわれる坂本龍馬とお龍が訪れた地でもある。新年からのNHKドラマの放映予定もあり、地元では観光客の増加を期待している。

 s-千尋滝.jpg最近では、本家の霧島よりも屋久島の方が有名になった感がある。「屋久島地域」は、桜島など当時から国定公園だった「錦江湾地域」とともに、1964年に霧島国立公園に編入された。その際に、名称も現在の「霧島屋久国立公園」に変更された。屋久島は「洋上アルプス」とも呼ばれ、海岸から九州最高峰の宮之浦岳(1935m)までの標高に沿った植物の変化(垂直分布)とそこに生息するヤクシカやヤクシマサルなど他に類を見ない自然は、以前から専門家の間では有名であった。海岸で露天風呂に入っている時に、山頂では雪が降っているということもよくあるという。また、林芙美子の小説「浮雲」で、月に35日雨が降ると描写されたように、雨量の多いことでも有名だ。登山でも水筒は必要ない。かつては、中東からの石油タンカーの帰路、屋久島の水を積んでいくという構想もあったようだ。

 一般の人には、屋久杉で有名だ。島に分布するスギでも、樹齢1000年以上のものだけが「屋久杉」を名乗ることが許され、それに満たないものは「小杉」と呼ばれる。特に老齢巨木やその切り株は、縄文杉、大王杉、翁杉、紀元杉、ウィルソン株など、それぞれ固有の名前で呼ばれている。成長が遅いためその材は堅牢で、密な年輪の美しさはそれだけで人々を魅了し、多くの木工工芸品が生産されている。江戸時代から伐採されており、伐採木の少なくなってきた近年では、江戸時代の伐採で残された根元の部分までも利用されている。

 この屋久島が一躍有名になったのは、なんと言っても1993年の世界遺産登録だろう。東北地方のブナ林で有名な白神山地とともに、世界遺産条約によるわが国初の自然遺産となった。その結果、屋久島は年間10万人以上が訪れる観光地となった。最も有名な縄文杉は、1966年に発見されたそうだが、私が最初に行った35年程前には訪問者もそれほど多くなく、宮之浦岳や永田岳などの登山の途中で立ち寄る場所だった。それが今では縄文杉見物が目的の観光客が激増し、片道5時間の難所にも関わらず、屋久島訪問者の9割が訪れるという。このため、根元が踏み固められて枯死の恐れがでてきた。現在では縄文杉、弥生杉など観光客の多いスギの周辺には、立ち入りできないように木道や柵が巡らされている。

 問題は、踏み固めだけではない。増加した観光客のし尿処理も課題だ。山中にひっそりとたたずむ縄文杉は、今や神社仏閣と同じような観光地と化し、トイレ、それも汲み取り式ではなく快適な水洗トイレを期待してくる訪問者も多い。片道5時間のアプローチは、当然生理現象を生じる。山小屋のトイレには長い列ができ、山中にはトイレットペーパーも散乱している。利用者の利便性や美観だけでなく、生態系に及ぼす影響も深刻だ。しかし、いくら水が豊富とはいえ、電気などの動力もなく、また建造物や排水管敷設による自然への影響も懸念される国立公園では、街中のような水洗トイレを造るわけにはいかない。汲み取り式便所にしても、溜まったし尿の汲み取り運搬は容易ではない。

 s-縄文スギ2.jpgこのようなトイレ(し尿処理)問題は、全国の山岳国立公園で発生している。山中のため、電気など動力の確保や処理水の確保ができない。また、高冷地で利用者数に波があるため、汚泥を分解するバクテリアがうまく働かない。そして何よりも建設中、建設後の周辺自然環境への影響と費用を含めた維持管理の困難さなど、それぞれ地域特有の条件と課題がある。とても、全国一律の特効薬はありそうもない。そもそも、街中の遊園地とは異なる自然公園で、どこまで利用者の便宜を図ればよいのかとの根本的な論議もある。全国の山岳公園では、汲み取りし尿のヘリコプター輸送、寒冷地でも有効なバクテリアによる分解処理(バイオトイレ)など、各地で試行錯誤が続いている。ここ屋久島でも、携帯トイレ(ドライブ用と同種のし尿を吸収固形化するもの)の配布・販売や使用の際の目隠しのためのブース設置などが始まった。それでも、使用済みの携帯トイレが麓まで持ち帰らずに投棄されたり、回収された大量の携帯トイレ固形物の処理など、検討課題は多い。一部では、利用者数の制限も検討の俎上に載っている。

 屋久島に続いて世界遺産に登録された知床でも、観光客の増加に伴う問題が浮上してきている。そして今再び、小笠原が世界自然遺産に追加されようとしている。不況下、そして地方の過疎化が進む現在、かつての国立公園指定陳情合戦と同様、観光客の増加を目当てにした世界遺産登録陳情合戦が始まっている。屋久島の世界遺産登録から15年。過疎化に悩んだ島にも、原始的な自然に魅せられて都会から移り住む人もいる。かつて、人二万、猿二万、鹿二万といわれたこの島で、人と自然の関係にどのような変化があったのか、検証が必要だ。

1934年3月指定 54,833ha
宮崎県、鹿児島県

 (写真上)雨量が豊富な屋久島の滝、千尋滝
 (写真下)35年前の縄文杉、立ち入り禁止柵は設置されていない

 (関連ブログ記事)「国立公園 人と自然2 小笠原国立公園」、「国立公園 人と自然5 知床国立公園」、「悠久の時そして林住期 -余暇と巨樹とを考える」、「日本一の巨樹の町で全国巨樹・巨木林の会会長に就任」、「自然の営みから学ぶ -人と自然の関係を見つめなおして」、「全国巨樹・巨木林の会と巨樹調査再考
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コメント 2

mimimomo

やはり入山制限や、入山料徴収は必要だと思います。わたくしも山に登る身としては、トイレ問題は切実です。わたくしたちの場合すべて持ち帰りすることになっていますが、まだまだ日本人全体には行き渡ってないですね。
by mimimomo (2013-05-10 15:17) 

staka

mimimomoさん、そうですね。切実な問題で日本中の問題ですが、なかなか解決は難しいようです。
by staka (2013-05-11 12:41) 

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