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花の浮島、花の原野 最北の国立公園 -国立公園 人と自然(18)利尻礼文サロベツ国立公園 [   国立公園 人と自然]

 前回の南アルプス国立公園の記事で、カタカナ名のつく2国立公園のひとつとして紹介した「利尻礼文サロベツ国立公園」を今回取り上げる。

 北海道最北端の宗谷岬の西に位置する利尻島、礼文島と対岸のサロベツ原野の3地域が、わが国最北の国立公園となっている。いくつかの地域から構成されている国立公園の名称の中には、それぞれの地域名をつなぎ合わせたものも多い。それでも現在のところは3地域までだ。その中でも、ここの3地域を表す12文字の漢字とカタカナの公園名称は最長のものだ。ここはまた、花の国立公園としても有名だ。本州の高山帯でしか見られないような可憐な花を緯度の関係で海岸近くでも容易に目にすることができ、ここだけに生育している固有種も多い。

 s-利尻富士(姫沼より)2.2.jpg利尻島は約200万年前の噴火によって出現した島だ。その名の元となったアイヌ語「リィ・シリ」(高い山)のとおり、海岸から一気に利尻岳の山頂(1721m)まで、島全体が一つの山を形成しており、その山容から「利尻富士」とも呼ばれる。かの有名な深田久弥の「日本百名山」のスタートを飾る山でもある。その1000m以上のお花畑では、「リシリ」の名を冠したリシリヒナゲシやリシリリンドウなどの花を見ることができる。また、姫沼周辺などにはトドマツなどの原生林もある。

 礼文島はわが国で最北の人が居住する島だ。アイヌ語の「レブン・シリ」(沖の島)からその名がついたという。利尻島に比べて平坦な礼文島は、利尻島より古い時代に海底隆起により誕生した島だ。そのため高山はないが、桃岩やスコトン岬などの海岸部でもレブンウスユキソウ、レブンソウなど「レブン」の名のつくものをはじめ、多くの高山植物を見ることができる。別名「花の浮島」と呼ばれる所以だ。

 s-レブンアツモリSCAN0005.jpgその中でも、ラン科のレブンアツモリソウは淡黄色で袋状唇弁の大形花をつけるため、特に人気がある。このため盗掘も多く、現在では環境省により「種の保存法」に基づく「国内希少種」に指定され、保護増殖事業の対象種にもなっている。24時間体制で監視されているが、それでも盗掘は後を絶たない。なお、アツモリソウの仲間は、花の姿を平敦盛の背負った母衣(鎧の背につけた飾りで後方からの矢も防ぐ)になぞらえて名づけられている。

 サロベツ原野は、東西7km、南北28km、面積2300haにおよび、釧路湿原に次ぐ国内第2の広さの湿原で、サロベツの名前はアイヌ語の「サル・オ・ベツ」(葦原を流れる川)に由来するという。砂丘や高層湿原に多くの花が咲き乱れ原生花園として名高い。見渡す限りの湿原を黄色や白の絨毯に染め上げるエゾカンゾウやワタスゲなどは見事だ。

 かつては根釧原野と呼ばれた道東の釧路から厚岸などに広がる原野も、現在では釧路湿原のように湿原と呼ばれ、あるいは原野そのものが牧草地などに変わり消滅しているている。こうして、不毛の地、役立たずの地として、“原野”と呼ばれた北海道内の多くの土地も、今では原野と呼ばれることもなくなった。その中で、いまだに原野と呼ばれるサロベツ原野。しかし、戦後にはサロベツ原野の開拓も本格的に始まり、25年間で約30%の湿原が牧草地に変わってしまった。現在では、サロベツ原野の自然再生事業が環境省ほか関係省庁で実施されている。

 これら最北の地では古くからのアイヌの人々が生活していたが、江戸時代になると松前藩がニシンやアワビ、タラなどの海産物の交易の場として進出してきた。今でも、利尻昆布は特産だ。また、米国捕鯨船の船員だったラナルド・マクドナルドは、密入国を企て1848年に漂流地点の焼尻島を経て利尻島に滞在した。彼の日本滞在は、長崎からの送還まで10ヶ月間だけであったが、長崎滞在中に日本で最初の英和辞典を作成し、通詞たちに英語を教えている。このため、日本最初のネイティブ英語教師としても知られている。ロシアに対する警護のため、会津藩士たちもこの地に派遣されてきた。戦後も樺太(サハリン)から多くの引揚者たちが帰国してきた。最北の地は、国境の地でもある。

 実のところ、私が利尻島と礼文島を訪問したのは、阿寒湖でレンジャー(国立公園管理官)をしていた35年ほど前のことだ。今回、ブログに掲載する写真を探すため古いアルバムを繰ると、妻と当時2歳の長男の花に囲まれて微笑む数多くの姿があった(掲載写真の色があせていてごめんなさい)。とたんに、道東の阿寒湖からオホーツク沿岸の原生花園、さらに道北の宗谷岬と、幼い子供を連れた自家用車での、この最北の国立公園への旅が鮮明に思い出された。あの頃の花園は今も健在だろうか。

 昨年の東日本大震災以来、日本全国で地震と津波の可能性とその対策に関心が集まっている。1993年に発生した北海道南西沖地震では、同じ日本海に浮かぶ奥尻島に大きな被害をもたらした。花の島、花の原野のこの地域と人々の生活が、地震や津波で被害にあわないよう切に祈りたい。

1974年9月指定 21,222㌶
北海道

 (写真上) 姫沼からみた利尻岳(利尻富士)
 (写真下) レブンアツモリソウ(礼文島にて)

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タグ:国立公園
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JUNKO

大変興味深く読ませていただきました。どこも北海道の大切な宝です。大事にしたいものです。
by JUNKO (2012-07-08 09:52) 

JUNKO

興味深く読ませていたきました。実際に行ってみると親しみがわきます。
by JUNKO (2012-07-08 16:06) 

staka

JUNKOさん、コメントありがとうございます。
ブログ設定に不慣れで、コメントが付いていたのに気付きませんでした。ごめんなさい。
これに懲りずに、またコメントください。
by staka (2012-11-20 09:19) 

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