人間になったオランウータン [地球環境・環境倫理]
話の主は、サンドラという28歳の雌のオランウータンで、住んでいるのところは、アルゼンチンのブエノスアイレスの動物園。1986年にドイツの動物園で生まれて、94年にアルゼンチンに移ってきたが、生まれてからこの方ずっとオリの中の生活だ。
このサンドラに対して、アルゼンチンの裁判所は2014年12月19日、オランウータンにも人間と同じ基本的な権利が認められるとして、動物園から解放して自然に戻すように命じる判決を出した。3人の裁判官の全員一致の判決だったという。
日本では、12月24日の新聞各紙やテレビニュースなどで報じられた。もっと早くにこの話題を取り上げたかったが、なかなか時間が無くて・・・・
熱帯林でのオランウータン
(グヌン・ルーサー国立公園(インドネシア・スマトラ島)にて)
オランウータンの生息する森林は、アブラヤシのプランテーション開発で消失
(グヌン・ハリムン・サラック国立公園(インドネシア・ジャワ島)隣接地にて)
ヤシ油のためのプランテーション開発による生息地破壊だけではなく、ペットとしても捕獲される
「動物の権利」といえば、環境倫理学などの世界では、オーストラリアの哲学者ピーター・シンガーの「動物解放論」やノルウェーの哲学者アルネ・ネスが提唱した「ディープ・エコロジー」などが有名だ。また、世界各地で開発に伴う生息地破壊などを阻止するための「動物の権利(自然の権利)裁判」(自然権訴訟)も提起されている。
それぞれの概念には膨大な論文が提出されていて、概略を述べるのも難しいが、誤解を怖れずに簡略に説明すれば、次のようになる。
動物解放論は、動物園の展示物や実験動物、家畜などとして人類に奉仕し、犠牲となっている動物の権利を認めて、解放すべきというものだ。今回のサンドラに対する判決も、この論の延長上にあるものではないだろうか。
ディープ・エコロジーは、人間の利益(自然資源確保など)や人類の存続(酸素や水供給など)のための自然保護・環境保全ではなく、自然・生物にはそれを超越した固有の、内在的な価値があり、存在する権利があるというものだ。すなわち、保全対象・必要性は人間の価値観で決めるべきではなく、あらゆるものが保全され、存続されるべきものということになる。
自然の権利裁判(自然権訴訟)は、自然物(主として動物)が原告となり、その生息地などの開発の適否を争うもので、米国などで訴訟が始まった。日本でもアマミノクロウサギを原告とする奄美大島のゴルフ場開発反対運動の訴訟をはじめ、オオヒシクイの茨城県圏央道、ナキウサギの大雪山士幌高原道路などの開発に対する訴訟があるが、いずれも、当事者適格(原告となる資格)の点から却下されている。
一方で、沖縄普天間基地移転事業では、米国での裁判でジュゴンが原告団の一員となっており、2008年には原告側勝訴の判決も出ており、その判決の行方に注視したい。
ただし、ここでの「動物の権利」は、ペットなどのアニマル・ライツとは少々異なる。
自然保護の必要性としては、食料、医薬品など人間生活に必要な資源(自然資源)としてのアプローチがわかりやすい。そして次には、酸素や水の提供など生存基盤としても重要だとするアプローチだ。
しかし、これらはいずれも人間の側からの利己的・一方的な考えであり、前述のネスに言わせれば、シャロー(表面的な)・エコロジーであり、もっと根源的な思想(ディープ・エコロジー)が必要だということだ。
生物多様性保全(自然保護)のための途上国援助なども、石油と同じように医薬品などの原材料を確保するための「見返りを求める援助」では、まさにシャロー・エコロジーということだ。(前回ブログ記事「見返りを求める援助 求めない援助」参照)
欧米ではかつて、米国の科学史家リン・ホワイト・Jrが指摘するようにキリスト教思想の影響もあって、自然の支配者として自然の上位に君臨する考えが優位だった。
一方日本では、「一寸の虫にも五分の魂」あるいは「山川草木悉皆成仏」などの言葉にも示されるように自然の一員として生活してきた長い体験がある。
米国の環境思想家ロデリック・ナッシュが指摘する自然の支配者から自然の一員への変化を、日本では当の昔から実践してきたということだ。しかし、近年はそれも怪しくなってきた。
私は、著作(『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』明石書店)で、これからの生物多様性のあり方として「三つの共生」を提唱し、その一つとして「種類を超えた共生」を提示した。すなわち、人類だけではなく、あらゆる生物との共生だが、実際の政策などの場面ではついつい“見返り”も考えてしまう・・・。まだまだ超越していない自分の姿がそこにある。
インドネシア語(マレー語)で「森の人」を意味するオランウータン。その姿を見ていると、いつしか人間と同じ生活をするようになるのでは、とも思ってしまう。「猿の惑星」ではないけどね~
【ブログ内関連記事】
「オランウータンとの遭遇 エコツーリズム、リハビリ、ノアの方舟 -国立公園 人と自然(番外編8)グヌン・ルーサー国立公園(インドネシア)」
「見返りを求める援助 求めない援助」
「インドネシアの生物多様性と開発援助 -『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3」
「熱帯林の消滅 -野生生物の宝庫・ボルネオ島と日本」
「対立を超えて -『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版4」
「インドネシアで蚊の絶滅について考える -生物多様性の倫理学」
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生物多様性の必要性や三つの共生なども。
本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。
高橋進 著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店刊 2014年3月
目次、概要などは、アマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。
おはようございます^^
日経新聞の朝刊の、やさしい経済学と言う記事の所に
生物多様性を守るという題で、東北大学准教授の馬奈木俊介さんが書いていらっしゃいますね。
by mimimomo (2015-03-09 09:13)
mimimomoさん、情報ありがとうございます。
馬奈木さんのご著書は、私も持っています。
環境経済学がご専門で、経済学の観点から環境問題をとらえて、幅広く活躍していらっしゃいますね。
by staka (2015-03-09 18:56)