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酒と旅を愛した文豪 大町桂月のみた十和田とヒメマス -国立公園とヒメマスの物語(2) [保護地域 -国立公園・世界遺産]

 明治の文豪、大町桂月。この人を知っている人は、どれくらいいるだろうか。前回のブログ記事「国立公園とヒメマスの物語(1)」の和井内貞行については、私の年代だと教科書や偉人伝に登場して、ほとんどの人が知っているにちがいない。

 s-小倉半島DSC01110.jpgそれに対して、私が桂月の名を知ったのは、大学生の頃に近くの古書店で『関東の山水』(博文館1909年(明治42年)発行)という著書を購入してからだ。著者にではなく、書名に惹かれての購入だった。そして、仕事で十和田に住むようになると、「国鉄バス」(そうです、当時は)の青森~八甲田~十和田湖(休屋)の路線では、まだ健在だった「バスガイド」さん(正式には車掌さん?)から「住まば日の本 遊ばば十和田 歩けや奥入瀬三里半」という桂月の歌が必ず紹介されたものだ。

 s-桂月墓DSC01085.jpg桂月は高知出身の明治時代の文豪で、酒と旅を愛し、北海道の層雲峡などの名付け親としても知られている。なかでも十和田をこよなく愛した桂月は、晩年は本籍を蔦に移して蔦温泉で過ごした。桂月の「世の人の命をからむ蔦の山 湯のわく処水清きところ」の歌碑は、蔦温泉旅館の正面に建てられている。57歳で亡くなる際には、「極楽に越ゆる峠のひと休み、蔦のいで湯に身をば清めて」との辞世を詠み、現在も蔦の地に眠っている。

 久しぶりに十和田を訪れた私は、蔦温泉に立ち寄った際に桂月の墓に詣でた。蔦温泉の建物や蔦沼には何度となく訪れたが、幹線道路から反対側の桂月の墓に詣でたのは、十和田に3年間も住んでいながら、今回が初めてだった。苔むした石段の上の墓の桂月は、十和田の大木に抱かれて、今も静かに十和田を見守っているのだろう。

 前置きがだいぶ長くなったが、桂月のみたヒメマスと十和田湖の物語を紡いでみよう。

 s-蔦温泉DSC01090_2.jpg明治41年(1908年)に十和田湖を訪れた桂月は、9月1日に休屋から船で生出に至り、和井内貞行の孵化場を見た。桂月の「十和田湖」(明治42年「太陽」所載)には、孵化場ではアルコール標本を見て、養殖の手順を詳しく説明してもらったこと。貞行が北海道からカバチエボという鱒を取り寄せて養殖に成功し、緑綬褒章を授与されたこと。養殖は本土では十和田湖のみで、環境に適して成長も早く、和井内鱒の名を付したこと、などが記されている。また、新鮮な鱒のその美味さに舌鼓を打ったとも記し、十和田湖とそこで食したヒメマスをよほど気に入ったようだ。

 大正12年(1923年)から13年にかけて蔦温泉に"籠城"した際にも、桂月は十和田湖を訪れた。その際の「蔦温泉籠城記」には、八甲田山と十和田湖の探勝と遊覧の記録が詳細に記されている。この頃には、十和田もだいぶ観光地化してきたようだ。桂月が最初に十和田湖を訪れた頃には、旅館は休屋と銀山にそれぞれ1軒しかなかったが、今回は子ノ口、宇樽部、発荷、生出、銀山、滝ノ沢にそれぞれ1軒、そして休屋には3軒もあったという。

 s-蔦沼DSC01077.jpg同書によれば、青森県知事の武田千代三郎は、明治45年(1912年)設立の十和田保勝会の会長として十和田湖や奥入瀬を世に知らしめ、法奥沢村の村長小笠原耕一は、家財をも投じて開発の努力をしたという。一方、秋田県では秋田顕勝会を設けて、男鹿半島、田沢湖とともに、十和田湖の開発に努めていることなどが記されている。

 こうして十和田に魅せられた桂月は、蔦温泉滞在中の大正12年、法奥沢村村長小笠原耕一らの求めに応じて、「十和田湖ヲ中心トスル国立公園設置ニ関スル請願」を記した。この請願書の中でも桂月は、十和田湖では特色として「十和田湖ニハ特産ノ姫鱒ヲ釣リ(中略)快盡クルヲ知ラズ」と記している。この請願書は、青森県庁や内務省などに提出された。

 s-乙女の像DSC00505_2.jpgその後、十和田湖は昭和11年(1936年)に国立公園に指定された。指定15周年を記念して建立された高村光太郎作の「乙女の像」は、桂月のほか、前述の当時の青森県知事武田千代三郎、地元村長小笠原耕一の3名の国立公園指定への功績を顕彰したものだ。そして、今も十和田湖のシンボルとして立ち続けている。

 (写真右上) 十和田湖(瞰湖台から小倉半島の眺め)
 (写真左上) 大町桂月の墓
 (写真右中) 桂月の歌碑と蔦温泉旅館
   (足元から湧き出る無色透明の温泉と歴史を感じさせる伝統的木造建物(本館)はぜひ味わいたい)
 (写真左下) 蔦沼(奥の山は南八甲田の赤倉岳)
 (写真右下) 十和田湖のシンボル 乙女の像

 (関連ブログ記事)
 「われ幻の魚を見たり 和井内貞行と十和田湖 -国立公園とヒメマスの物語(1)
 「桂月の奥入瀬、幻の魚見たりの十和田湖、そして賢治の岩手山 -国立公園 人と自然(1)十和田八幡平国立公園


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コメント 4

mimimomo

おはようございます^^
申し訳ないといいますか、このお二方、わたくし知らないです(__;
大町桂月という名は聞き覚えがあるのですが、全く知らないといって良い程度です。
by mimimomo (2012-11-24 09:32) 

JUNKO

大変興味深く読ませて頂きました。
by JUNKO (2012-11-24 10:08) 

staka

mimimomoさん、桂月はともかく、和井内貞行をご存じないのはやはり齢の差でしょうか(-﹏-!)
by staka (2012-11-24 10:57) 

staka

JUNKOさん、いつもお読みいただきありがとうございます。
by staka (2012-11-24 11:15) 

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