富士山 世界文化遺産登録へ -その秀麗な姿と信仰と芸術の源泉、そして自然 [保護地域 -国立公園・世界遺産]
富士山が世界遺産に登録される見通しとなったことは、新聞やテレビなどのニュースで広く報じられたので多くの方がご存じだろう。富士山世界文化遺産の学術委員をしている私のところにも、4月30日から5月1日にかけての深夜に、2通の文化庁報道発表速報のメールが届いた。
ニュースでも報じられているとおり、今回は世界遺産を審議するユネスコ世界遺産センターに対して、委託を受けて遺産候補の調査をしていたICOMOS(イコモス、国際記念物遺跡会議)から世界遺産一覧表への「記載が適当」との勧告がなされたものだ。
だから、まだ正式に世界遺産となったわけではない。正式決定は、今年6月16~27日にプノンペンで開催される第37回世界遺産委員会の場だ。
世界遺産は「世界遺産条約」に基づいて登録され、文化遺産、自然遺産、そして両方を兼ね備えた複合遺産があること、そして審査と登録の作業手順などについては、既にこのブログ記事でも紹介した(たとえば、「一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ」、「世界遺産登録 -観光への期待と懸念」)。
今回の富士山は、ICOMOSの勧告に基づき、ユネスコ世界遺産委員会で承認されて、文化遺産に登録されようとしている。しかし、無条件ではない。一つには、名称の変更がある。当初、日本から推薦書を提出した際の名称は「富士山」だけだった。それに対してICOMOSからは昨年末に、世界遺産の内容をより明らかに示す名称として、たとえば「富士山およびその関連巡礼遺産群」などへの変更を求められた。日本としては、名称変更には異存はないが、世界遺産の内容(根拠)としては信仰対象だけではなく、芸術の源にもなっているとして、「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」の名称を提案回答した。
わが国最高峰で広く各地からその秀麗な姿を望むことができ、敬いの対象でもある富士山は、同時に古来から噴火を繰り返し、畏れの対象でもあった。その活動を鎮めるためにも信仰対象ともなり、各地に神社も創建された。
富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)に残される富士山曼荼羅(まんだら)は、日本各地で富士山への信仰を説く際に使用されたという。今日の商品案内パンフといったら罰が当たるだろうか。
江戸期には、富士講に代表されるように多くの人々が富士山をめざし、実際に登山できない人々のために江戸市中にはミニ富士も作られた。国立競技場や神宮球場の最寄駅千駄ヶ谷から近い鳩森神社(東京都渋谷区)には、富士塚が残されている。この富士塚に登れば、本物の富士山に登ったと同じご利益があるといわれている。私は子供のころ、それとも知らずに遊びでよく登ったものだ。
富士山は、万葉集の昔から芸術の対象でもあった。その富士山を愛でる場所のひとつとして有名な三保の松原(静岡県静岡市)は、江戸期になると葛飾北斎をはじめとする浮世絵などにも描かれた。また、天女の羽衣伝説の舞台としても有名だ。
しかし、ICOMOSは勧告のなかで、三保の松原の構成資産(世界遺産の対象範囲)からの除外を求めてきた。富士山本体からは45kmも離れていて一体性もなく、防潮堤防などもイメージを損なうと考えられたようだ。
推薦書作成の当初段階では、三保の松原以外にもいくつかの展望地(視点場)を含むことが検討された。しかし、富士山を望むことができる場所は、日本中に広く分布する。遠く紀伊半島からも見ることのできるという。かつては江戸市中のどこからでもその姿を望むことができ、江戸市中の浮世絵などに描かれ、実際都内には多くの富士見坂などの地名も残っている。新幹線の中から見上げる雄大な富士山もなかなか良い。
このような状況で、多くの視点場から特定の場所を取り上げて構成資産とするには、かなりの理由付けが必要だ。そこで、いくつかの視点場候補地の中から、三保の松原に絞り込んだのだ。三保の松原を構成資産とする理由は、上記のとおり、富士山芸術と密接な関連があるということだ。しかし、結局は十分な理解は得られなかったようだ。
富士山は、信仰や芸術だけの源泉ではない。その恵みのひとつ、豊富な湧き水は、山麓での製紙業や酒、飲料水などにも利用されている。また、さまざまな産業の名称や意匠登録図案にもなっている。(右写真:構成資産のひとつ、白糸の滝(静岡県富士宮市)
勧告ではこのほか、世界遺産登録後の来訪者の増加による影響と今後の保全管理計画などの樹立必要性なども指摘されている。
閉塞感漂う今日、日本の象徴、富士山の世界遺産登録へ向けて前進のニュースは、日本中の人々に明るい話題を提供した。とりわけ地元の自治体や観光関係者にとっては、郷土への誇りだけではなく、経済的な面でもメリットが大きいに違いない。
これまでも、そしてこれからも、富士山は日本人だけではなく、世界中の人々を魅了してきた。多くの人々が、その頂上を目指して登山する光景は、富士講の時代と変わりないように思える。一部には、もっと多くの人々が、誰でも楽に頂上に到達できるようにするべきだという考えもある。(写真:富士山山頂)
しかし今回、富士山は文化遺産としての登録ではあるが、その本体は自然物である。既に登録された自然遺産の各地での観光客急増とその影響に目をそむけないでもらいたい。
いや、他人ごとではない。私も富士山世界文化遺産の学術委員として関わらなくては・・・ネ。
(ブログ内関連記事)
「世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆 -国立公園 人と自然(10)富士箱根伊豆国立公園」
「一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ」
「世界遺産登録 -観光への期待と懸念」
「小笠原 世界遺産に登録!!」(世界自然遺産:小笠原)
「世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々 -国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園」(世界自然遺産:小笠原)
「国立公園 人と自然(5) 知床国立公園 -知床旅情と世界遺産で急増した観光客」(世界自然遺産:知床)
「国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立 -神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島」(世界自然遺産:屋久島)
「温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園」(世界文化遺産:日光の社寺)
「国立公園 人と自然(9) 吉野熊野国立公園 -原始信仰と世界遺産の原生林」(世界文化遺産:紀伊山地の霊場と参詣道)
ニュースでも報じられているとおり、今回は世界遺産を審議するユネスコ世界遺産センターに対して、委託を受けて遺産候補の調査をしていたICOMOS(イコモス、国際記念物遺跡会議)から世界遺産一覧表への「記載が適当」との勧告がなされたものだ。
朝日に輝く富士の稜線(山梨県富士河口湖町より望む)
だから、まだ正式に世界遺産となったわけではない。正式決定は、今年6月16~27日にプノンペンで開催される第37回世界遺産委員会の場だ。
世界遺産は「世界遺産条約」に基づいて登録され、文化遺産、自然遺産、そして両方を兼ね備えた複合遺産があること、そして審査と登録の作業手順などについては、既にこのブログ記事でも紹介した(たとえば、「一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ」、「世界遺産登録 -観光への期待と懸念」)。
今回の富士山は、ICOMOSの勧告に基づき、ユネスコ世界遺産委員会で承認されて、文化遺産に登録されようとしている。しかし、無条件ではない。一つには、名称の変更がある。当初、日本から推薦書を提出した際の名称は「富士山」だけだった。それに対してICOMOSからは昨年末に、世界遺産の内容をより明らかに示す名称として、たとえば「富士山およびその関連巡礼遺産群」などへの変更を求められた。日本としては、名称変更には異存はないが、世界遺産の内容(根拠)としては信仰対象だけではなく、芸術の源にもなっているとして、「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」の名称を提案回答した。
わが国最高峰で広く各地からその秀麗な姿を望むことができ、敬いの対象でもある富士山は、同時に古来から噴火を繰り返し、畏れの対象でもあった。その活動を鎮めるためにも信仰対象ともなり、各地に神社も創建された。
富士山本宮浅間大社(静岡県富士吉田市)と富士山曼荼羅
富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)に残される富士山曼荼羅(まんだら)は、日本各地で富士山への信仰を説く際に使用されたという。今日の商品案内パンフといったら罰が当たるだろうか。
江戸期には、富士講に代表されるように多くの人々が富士山をめざし、実際に登山できない人々のために江戸市中にはミニ富士も作られた。国立競技場や神宮球場の最寄駅千駄ヶ谷から近い鳩森神社(東京都渋谷区)には、富士塚が残されている。この富士塚に登れば、本物の富士山に登ったと同じご利益があるといわれている。私は子供のころ、それとも知らずに遊びでよく登ったものだ。
富士山は、万葉集の昔から芸術の対象でもあった。その富士山を愛でる場所のひとつとして有名な三保の松原(静岡県静岡市)は、江戸期になると葛飾北斎をはじめとする浮世絵などにも描かれた。また、天女の羽衣伝説の舞台としても有名だ。
しかし、ICOMOSは勧告のなかで、三保の松原の構成資産(世界遺産の対象範囲)からの除外を求めてきた。富士山本体からは45kmも離れていて一体性もなく、防潮堤防などもイメージを損なうと考えられたようだ。
推薦書作成の当初段階では、三保の松原以外にもいくつかの展望地(視点場)を含むことが検討された。しかし、富士山を望むことができる場所は、日本中に広く分布する。遠く紀伊半島からも見ることのできるという。かつては江戸市中のどこからでもその姿を望むことができ、江戸市中の浮世絵などに描かれ、実際都内には多くの富士見坂などの地名も残っている。新幹線の中から見上げる雄大な富士山もなかなか良い。
このような状況で、多くの視点場から特定の場所を取り上げて構成資産とするには、かなりの理由付けが必要だ。そこで、いくつかの視点場候補地の中から、三保の松原に絞り込んだのだ。三保の松原を構成資産とする理由は、上記のとおり、富士山芸術と密接な関連があるということだ。しかし、結局は十分な理解は得られなかったようだ。
富士山は、信仰や芸術だけの源泉ではない。その恵みのひとつ、豊富な湧き水は、山麓での製紙業や酒、飲料水などにも利用されている。また、さまざまな産業の名称や意匠登録図案にもなっている。(右写真:構成資産のひとつ、白糸の滝(静岡県富士宮市)
勧告ではこのほか、世界遺産登録後の来訪者の増加による影響と今後の保全管理計画などの樹立必要性なども指摘されている。
これまでも、そしてこれからも、富士山は日本人だけではなく、世界中の人々を魅了してきた。多くの人々が、その頂上を目指して登山する光景は、富士講の時代と変わりないように思える。一部には、もっと多くの人々が、誰でも楽に頂上に到達できるようにするべきだという考えもある。(写真:富士山山頂)
しかし今回、富士山は文化遺産としての登録ではあるが、その本体は自然物である。既に登録された自然遺産の各地での観光客急増とその影響に目をそむけないでもらいたい。
いや、他人ごとではない。私も富士山世界文化遺産の学術委員として関わらなくては・・・ネ。
(ブログ内関連記事)
「世界のフジヤマ、天下の険 箱根、そして踊子の伊豆 -国立公園 人と自然(10)富士箱根伊豆国立公園」
「一番人気の世界遺産 空中都市 マチュピチュ」
「世界遺産登録 -観光への期待と懸念」
「小笠原 世界遺産に登録!!」(世界自然遺産:小笠原)
「世界遺産候補になった東洋のガラパゴス、ペリーやジョン万次郎も訪れた島々 -国立公園 人と自然(2) 小笠原国立公園」(世界自然遺産:小笠原)
「国立公園 人と自然(5) 知床国立公園 -知床旅情と世界遺産で急増した観光客」(世界自然遺産:知床)
「国立公園 人と自然(7) 霧島屋久国立 -神話と龍馬の霧島、縄文杉の屋久島」(世界自然遺産:屋久島)
「温泉と避暑リゾート、世界遺産 -国立公園 人と自然(20)日光国立公園」(世界文化遺産:日光の社寺)
「国立公園 人と自然(9) 吉野熊野国立公園 -原始信仰と世界遺産の原生林」(世界文化遺産:紀伊山地の霊場と参詣道)
こんにちは^^
富士山自体が素晴らしいですよね~
でも、登るとあまり美しくない。
入山制限などして、美しさを保って欲しいと思うのです。
世界遺産になることが、そう言うことに役立って欲しいのです。
by mimimomo (2013-05-10 15:08)
mimimomoさん、コメントありがとうございます。
世界遺産登録の条件として、美しさなどを保全する体制を整備することも挙げられています。実は、富士山の管理者は多すぎて、責任者(機関)はあってないようなものですから。
mimimomoさんのご意見のように、世界遺産登録が契機になることを願っています。
by staka (2013-05-11 12:15)
世界遺産に登録されるには大変なのですね。。
世界遺産の街をみたりすると、世界遺産の街に
住んでみたいな~と想ったりします。
by miyoko (2013-05-14 00:26)
miyokoさん、私も世界遺産の番組や街歩きの番組が好きでよく見ます。なんとなくゆったりとしますね。
富士山や周辺の町も、海外の人びとからそう思われると良いですね。
by staka (2013-05-15 21:43)