中国文明と縄文文化 - 兵馬俑展と三内丸山、登呂遺跡 [ちょっとこだわる:民俗・文化・紀行・時事など]
東京の国立博物館で開催されている特別展「始皇帝と大兵馬俑」の入場者数が30万人を超えたという。
私も昨年末に展覧会を見てきた。
展示物は写真撮影禁止だが、撮影用に兵馬俑のレプリカコーナーまで用意されているという心遣いだ。
兵馬俑の実物をぜひこの目で見たいと思っていながらまだ実現していないので、良い機会だった。
中国には何度か訪問したことがあり、北京では「紫禁城(天安門)」のほか、観光客も多い「八達嶺長城(万里の長城)」、「明の十三陵」などを訪問したことがある。
いずれも世界遺産に登録されている。
紫禁城や万里の長城は、知らない人はいないくらい有名だ。
この二つに比べれば、明の十三陵は知らない人もいるが、中国に現存する皇帝陵墓群としては最大で、明の永楽帝以降13代の皇帝、后妃などの陵墓がある。
写真はデジタル化していないので、割愛。
四川省の成都でも、三国志で有名な劉備、関羽、張飛の三人の英雄と諸葛孔明を祀った「武侯祠・三義廟」などを訪問したことがある。
中国の明朝の時代は、日本では室町時代から江戸時代にあたる。
三国志の時代は、邪馬台国の前後で、弥生時代に相当するという。
秦の始皇帝の時代はさらに遡って、縄文時代から弥生時代に移行する頃だそうだ。
弥生遺跡は、近年では「吉野ヶ里遺跡」(佐賀県)などが有名だが、私の頭の中ではやはり「登呂遺跡」(静岡県)。
小学校の教科書の写真と言えば、必ずこれだった。
教科書でしか見たことのなかった登呂遺跡を、昨年暮れに初めて訪問した。感激?!
私の子どもの頃は、弥生時代に入ってやっと農耕が始まり、日本も文明の時代を迎えた(?)ということになっていた。
しかし最近では、「三内丸山遺跡」(青森県)の発掘などにより、縄文時代の文化や生活も脚光を浴びている。(縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡)
日本の縄文時代に秦の始皇帝は中国を統一し、兵馬俑まで造成している。
さすが中国文明は、世界に先駆けていると感心するところだが、縄文文化にも世界中から再評価の光が当てられるようになってきた。
世界の古代文明が穀類の農耕栽培を基礎として発展したのに対して、縄文文化は狩猟採集を続けつつ、1万年もの間続いたという。
三内丸山遺跡も、数千年も存続した集落だったようだ。
ユニークな土偶や土器は、人々を惹きつける。
数千年も一カ所で続いた集落は、世界でも稀のようだ。
そこでは、狩猟採集とは言っても、私の子供の頃に習ったイメージとはかけ離れた平和で豊かな生活が行われていたらしい。
中国のように武力で統一し、滅んでいくような文明ではなしに、このブログの主題でもある人間と自然とが持続的に共存共栄する生き方があったに違いない。
縄文も捨てたものではない!!!!
【本ブログ内関連記事リンク】
「縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡」
「祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする」
「巨木文化と巨石文化 -巨樹信仰の深淵」
私も昨年末に展覧会を見てきた。
展示物は写真撮影禁止だが、撮影用に兵馬俑のレプリカコーナーまで用意されているという心遣いだ。
兵馬俑の実物をぜひこの目で見たいと思っていながらまだ実現していないので、良い機会だった。
中国には何度か訪問したことがあり、北京では「紫禁城(天安門)」のほか、観光客も多い「八達嶺長城(万里の長城)」、「明の十三陵」などを訪問したことがある。
いずれも世界遺産に登録されている。
天安門
紫禁城内部
万里の長城(八達嶺)
紫禁城や万里の長城は、知らない人はいないくらい有名だ。
この二つに比べれば、明の十三陵は知らない人もいるが、中国に現存する皇帝陵墓群としては最大で、明の永楽帝以降13代の皇帝、后妃などの陵墓がある。
写真はデジタル化していないので、割愛。
四川省の成都でも、三国志で有名な劉備、関羽、張飛の三人の英雄と諸葛孔明を祀った「武侯祠・三義廟」などを訪問したことがある。
三義廟入り口門
これは諸葛孔明像
中国の明朝の時代は、日本では室町時代から江戸時代にあたる。
三国志の時代は、邪馬台国の前後で、弥生時代に相当するという。
秦の始皇帝の時代はさらに遡って、縄文時代から弥生時代に移行する頃だそうだ。
弥生遺跡は、近年では「吉野ヶ里遺跡」(佐賀県)などが有名だが、私の頭の中ではやはり「登呂遺跡」(静岡県)。
小学校の教科書の写真と言えば、必ずこれだった。
教科書でしか見たことのなかった登呂遺跡を、昨年暮れに初めて訪問した。感激?!
私の子どもの頃は、弥生時代に入ってやっと農耕が始まり、日本も文明の時代を迎えた(?)ということになっていた。
しかし最近では、「三内丸山遺跡」(青森県)の発掘などにより、縄文時代の文化や生活も脚光を浴びている。(縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡)
集会場あるいは倉庫とも考えられている巨大建物、
左が三内丸山遺跡のシンボル クリの6本柱の櫓
左が三内丸山遺跡のシンボル クリの6本柱の櫓
発掘された柱跡と復元建物
日本の縄文時代に秦の始皇帝は中国を統一し、兵馬俑まで造成している。
さすが中国文明は、世界に先駆けていると感心するところだが、縄文文化にも世界中から再評価の光が当てられるようになってきた。
世界の古代文明が穀類の農耕栽培を基礎として発展したのに対して、縄文文化は狩猟採集を続けつつ、1万年もの間続いたという。
三内丸山遺跡も、数千年も存続した集落だったようだ。
ユニークな土偶や土器は、人々を惹きつける。
いずれも国立博物館で
数千年も一カ所で続いた集落は、世界でも稀のようだ。
そこでは、狩猟採集とは言っても、私の子供の頃に習ったイメージとはかけ離れた平和で豊かな生活が行われていたらしい。
中国のように武力で統一し、滅んでいくような文明ではなしに、このブログの主題でもある人間と自然とが持続的に共存共栄する生き方があったに違いない。
縄文も捨てたものではない!!!!
【本ブログ内関連記事リンク】
「縄文の巨樹に思いを馳せて -第25回巨木フォーラムと三内丸山遺跡」
「祝 富士山世界文化遺産登録 -世界遺産をおさらいする」
「巨木文化と巨石文化 -巨樹信仰の深淵」
おはようございます^^
小学校時代から古代について学んできたことはほとんど覆されていますね。日本は後から出てきた国のようにならいましたが、縄文時代だって結構な文明があったようですし。
トーハクには行きたいと思っていますが、なかなか時間がとれません。ほかの遊びを予約してしまって(=”=
by mimimomo (2016-01-17 06:48)
mimimomoさん
世の中ずいぶん変わりましたが、考古学の分野の変化も著しいですね。
昔の知識を振りかざしたら、若い人たちに笑われそうです・・・
by staka (2016-01-17 17:52)
兵馬俑と三内丸遺跡、登呂遺跡,天安門に万里の長城、、登呂遺跡など色々見て来ましたが、興味ありです。
by 旅爺さん (2016-01-17 19:25)
旅爺さん
それぞれ訪問した時はただの観光旅行でしたが、それでもいろいろなことを学べますね。
by staka (2016-01-17 21:27)