地球環境と一国至上主義(その2) 生物多様性条約と名古屋議定書をめぐって [生物多様性]
1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議(リオ・サミット)。
その際に署名開放された二つの条約は、「双子の条約」とも称される。
国連気候変動枠組条約と生物多様性条約だ。
双子の条約というものの、単に同時期に誕生しただけではない。
前回ブログ記事で取り上げたような、産業経済を優先する米国の対応、そして、日本で生まれた議定書に参加しない日本政府の状況まで、そっくりだ。
今回の生物多様性条約の目的は、①生物多様性の保全、②生物資源の持続可能な利用、③利用から生じる利益の衡平な配分、の3点だ。
条約作成過程では、大航海時代以降の西欧の植民地主義・帝国主義による生物資源搾取の歴史から、途上国によって先進国に対する様々な主張がなされた。資源原産国としての認知と尊重、資源利用への対価、技術移転と資金援助、遺伝子組換え生物の安全性などだ。(生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで)
これに対し、農産物改良や新薬発見のために新たな生物資源を探査・利用したい多国籍企業などの意向も受けた先進国は、無制限の技術移転やその際の知的財産権侵害などに懸念を示し、知的財産権の確保などを主張した。いわゆる南北対立だ。
この結果として途上国の主張を取り入れて、利益の衡平な配分やバイオテクノロジーの安全性などが条文に盛り込まれた。(ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2))
生物多様性の保全に関しては異議もなく、むしろ条約制定を推進してきた米国だったが、途上国の主張を取り入れた妥協の条文となって、雲行きも怪しくなってきた。
当時の米国大統領は、共和党のパパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)だ。
産業経済界からの要請を受けた議会に押されて、京都議定書から離脱したあのブッシュ大統領の父親だ。(地球環境と一国至上主義 (その1))
ブッシュ大統領は、結局、リオ・サミット期間中に157か国が署名した生物多様性条約に署名さえもしなかった(気候変動枠組条約には署名)。
後に、民主党のクリントン大統領は署名はしたものの、やはり議会の圧力に屈して、批准はできなかった。
現在でも、米国は生物多様性条約を認めておらず、したがって条約の締約国会議(COP)にも正式参加できない状態だ。
その後のCOPで条約実施の具体策などを示す議定書が討議され、遺伝子組換え生物の扱いなどについては「カルタヘナ議定書」が採択(2000年)された。(MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって)
この議定書の補完と、生物資源利用のルール(遺伝資源へのアクセスと利益配分 ABS)についての議定書策定が、2010年に名古屋で開催されたCOP10で議論された。
最終日までもつれ込んだが、何とかABSは「名古屋議定書」として採択された。(名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3))(カルタヘナ議定書の補完は、「名古屋・クアラルンプール補足議定書」として、先立つMOP5で採択された)
日本にとっても、途上国に存する生物資源の利用は不可欠だが、現代ではかつての植民地時代のように自由に持ち出すことはできない。
そのためのルールを定めたのが「名古屋議定書」で、資源原産国の途上国はもちろん、EUなど多くの先進国の締結により、2014年に発効している。
議定書締結国の先進国企業などは、途上国資源利用に際しては、対価を支払う必要が生じる。
しかし、負担増を懸念する日本の産業経済界は、名古屋議定書の批准(締結)に慎重であり、いまだに締結の目途は立っていない。
まさに、条約そのものを締結していない米国に何と類似してきたことか。
そして、日本で誕生した名古屋議定書を批准しないのは、日本で生まれた京都議定書の延長を認めなかったのと何と類似していることか。(地球環境と一国至上主義 (その1))
まあ、生物多様性条約を批准(締結)しているだけ、米国よりもまだましか?!
富士山と箱根が「富士箱根国立公園」に指定されて、今月は80周年。
その記念に依頼された原稿をやっと書き終えて、ブログ更新の余裕もできました(^_^)
【本ブログ内関連記事リンク】
「地球温暖化と生物多様性」
「生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで」
「ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2)」
「名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)」
「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」
「遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5)」
「地球環境と一国至上主義 (その1)」
【著作紹介 好評販売中】
上記ブログ記事の生物多様性条約の成立と南北対立を詳しく、わかりやすく解説。
そのほか、生物多様性と私たちの生活、さらに生物資源の伝播など本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。おかげさまで第2刷。
高橋進著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店
生物多様性とは何か。生物多様性保全の必要性、これからの社会を持続するための「種類を越えた共生」「地域を越えた共生」「時間を越えた共生」の3つの共生など。
世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。
目次、概要などは、下記↓のブログ記事、あるいはアマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。
『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版1
『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係
インドネシアの生物多様性と開発援助 ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3
対立を超えて ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版4
その際に署名開放された二つの条約は、「双子の条約」とも称される。
国連気候変動枠組条約と生物多様性条約だ。
双子の条約というものの、単に同時期に誕生しただけではない。
前回ブログ記事で取り上げたような、産業経済を優先する米国の対応、そして、日本で生まれた議定書に参加しない日本政府の状況まで、そっくりだ。
今回の生物多様性条約の目的は、①生物多様性の保全、②生物資源の持続可能な利用、③利用から生じる利益の衡平な配分、の3点だ。
条約作成過程では、大航海時代以降の西欧の植民地主義・帝国主義による生物資源搾取の歴史から、途上国によって先進国に対する様々な主張がなされた。資源原産国としての認知と尊重、資源利用への対価、技術移転と資金援助、遺伝子組換え生物の安全性などだ。(生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで)
大航海時代の重要な生物資源チョウジ
(インドネシア・スマトラ島にて)
(インドネシア・スマトラ島にて)
これに対し、農産物改良や新薬発見のために新たな生物資源を探査・利用したい多国籍企業などの意向も受けた先進国は、無制限の技術移転やその際の知的財産権侵害などに懸念を示し、知的財産権の確保などを主張した。いわゆる南北対立だ。
この結果として途上国の主張を取り入れて、利益の衡平な配分やバイオテクノロジーの安全性などが条文に盛り込まれた。(ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2))
生物多様性の保全に関しては異議もなく、むしろ条約制定を推進してきた米国だったが、途上国の主張を取り入れた妥協の条文となって、雲行きも怪しくなってきた。
当時の米国大統領は、共和党のパパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)だ。
産業経済界からの要請を受けた議会に押されて、京都議定書から離脱したあのブッシュ大統領の父親だ。(地球環境と一国至上主義 (その1))
ブッシュ大統領は、結局、リオ・サミット期間中に157か国が署名した生物多様性条約に署名さえもしなかった(気候変動枠組条約には署名)。
後に、民主党のクリントン大統領は署名はしたものの、やはり議会の圧力に屈して、批准はできなかった。
現在でも、米国は生物多様性条約を認めておらず、したがって条約の締約国会議(COP)にも正式参加できない状態だ。
その後のCOPで条約実施の具体策などを示す議定書が討議され、遺伝子組換え生物の扱いなどについては「カルタヘナ議定書」が採択(2000年)された。(MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって)
この議定書の補完と、生物資源利用のルール(遺伝資源へのアクセスと利益配分 ABS)についての議定書策定が、2010年に名古屋で開催されたCOP10で議論された。
最終日までもつれ込んだが、何とかABSは「名古屋議定書」として採択された。(名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3))(カルタヘナ議定書の補完は、「名古屋・クアラルンプール補足議定書」として、先立つMOP5で採択された)
日本にとっても、途上国に存する生物資源の利用は不可欠だが、現代ではかつての植民地時代のように自由に持ち出すことはできない。
そのためのルールを定めたのが「名古屋議定書」で、資源原産国の途上国はもちろん、EUなど多くの先進国の締結により、2014年に発効している。
議定書締結国の先進国企業などは、途上国資源利用に際しては、対価を支払う必要が生じる。
しかし、負担増を懸念する日本の産業経済界は、名古屋議定書の批准(締結)に慎重であり、いまだに締結の目途は立っていない。
まさに、条約そのものを締結していない米国に何と類似してきたことか。
そして、日本で誕生した名古屋議定書を批准しないのは、日本で生まれた京都議定書の延長を認めなかったのと何と類似していることか。(地球環境と一国至上主義 (その1))
まあ、生物多様性条約を批准(締結)しているだけ、米国よりもまだましか?!
富士山と箱根が「富士箱根国立公園」に指定されて、今月は80周年。
その記念に依頼された原稿をやっと書き終えて、ブログ更新の余裕もできました(^_^)
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「生物資源をめぐる国際攻防 -コロンブスからバイテクまで」
「ABS論争も先送り 対立と妥協の生物多様性条約成立 -COP10の背景と課題(2)」
「名古屋議定書採択で閉幕 COPの成果 -COP10の背景と課題(3)」
「MOP5って何? -遺伝子組み換えをめぐって」
「遺伝子組み換え生物と安全神話 名古屋・クアラルンプール補足議定書をめぐって -COP10の背景と課題(5)」
「地球環境と一国至上主義 (その1)」
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上記ブログ記事の生物多様性条約の成立と南北対立を詳しく、わかりやすく解説。
そのほか、生物多様性と私たちの生活、さらに生物資源の伝播など本ブログ記事も多数掲載。豊富な写真は、すべて筆者の撮影。おかげさまで第2刷。
高橋進著 『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』 明石書店
生物多様性とは何か。生物多様性保全の必要性、これからの社会を持続するための「種類を越えた共生」「地域を越えた共生」「時間を越えた共生」の3つの共生など。
世界は自然保護でなぜ対立するのか。スパイスの大航海時代から遺伝子組換えの現代までを見据えて、生物多様性や保護地域と私たちの生活をわかりやすく解説。
目次、概要などは、下記↓のブログ記事、あるいはアマゾン、紀伊国屋、丸善その他書店のWEBなどの本書案内をご参照ください。
『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版1
『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版2 ―第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係
インドネシアの生物多様性と開発援助 ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版3
対立を超えて ―『生物多様性と保護地域の国際関係 対立から共生へ』出版4
おはようございます^^
何とも難しいことですね~結局わが身が(国が)可愛いですからね。
総論賛成各論反対みたいな・・・?
by mimimomo (2016-02-14 06:45)
mimimomoさん
そうですね〜
何事につけても総論賛成、各論反対が多いですね。人のことは言えませんが。
それにしても、最近の日本は我が身が一番というのが多すぎるような…
by staka (2016-02-14 12:38)
総論を繰り返し、徹底的に議論し続けるしかないですね。
by マリー (2016-02-14 15:13)
マリーさん
徹底的な議論のためにも、まずは現状を知り、理解することが必要でしょうね。
拙いブログが少しでもお役にたてれば・・・
by staka (2016-02-14 15:35)