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生物多様性の宝庫での熱帯林研究者たちの情熱 ― 国立公園 人と自然(海外編13)ランビル・ヒルズ国立公園(マレーシア) [   国立公園 人と自然]

私にとって長い間の念願だったランビル・ヒルズ(Lambir Hills)国立公園訪問がやっとかなった。

ランビル国立公園は、マレーシア・サラワクの国立公園としては、バコ国立公園のテングザルや食虫植物などのような特に珍しい生物が見られるわけでもない。ニア国立公園、あるいはロアガン・ブヌッ国立公園のように大規模な鍾乳洞や湿地があるわけでもない。

それでも私にとってぜひ訪れてみたかった理由は、そこが熱帯林研究の先駆的な中心地だったからだ。

私は生態学者でもないから、必ずしもそこの生態系そのものに強い関心があるわけでもない。

それよりも、その研究が遂行されるための設備や体制、あるいは研究成果の活用などに関心がある。

その象徴が、地上80mもの高さのクレーンだ。

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サラワク東部の中心都市ミリから車で30分ほどに位置するランビル国立公園の面積は6,952haで、1975年に国立公園として指定された。

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ランビル・ヒルズ国立公園管理事務所

その名のとおり、ランビル山(465m)を中心とした丘陵地の熱帯林地帯だ。

その森林は、かつてはラワン材として知られた多くの種類のフタバガキ科の混交林だ。
この森林の特徴は、珍しい生物というよりも、その種数の多さだ。

東京ドーム10個分のおよそ50haの調査区に1100種以上の樹木が生い茂っていて、そこでは1200種もの昆虫が生活しているのだ。

私たちが日本で目にする例えばブナ林のように限られた種類の樹木から成る森林と比べると、いかに種類が多いかが想像できる。

この種数の多さ、すなわち多様性の豊かさは、マレーシア随一という。

熱帯では特別に珍しいというわけでもないようだが、日本から来たものとしては見るものすべてに興味がわく。

歩くヤシは、
日照や水分を求めて側根を枯らしながら少しずつ移動していくヤシだ。

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3cmもある巨大な森林アリは、ボルネオ島ではもちろん、世界でも最大級のものだ。

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このほか、ショウガの仲間のきれいな花、美しいチョウ、花のミツを吸いに来たハチドリなど・・・・さらには、ギボンやサイチョウなども見ることができるという。

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ランビルは、豊かな多様性ために古くから熱帯林研究の場となってきた。
というか、↑のデータも、こうした研究の結果として判明したことでもある。

日本の研究者たちも、長年にわたってこの森林を研究の場としてきた。

京都大学生態学研究センター(生態研)の井上民二教授も、これら熱帯林研究者の先駆けのお一人だ。

教授は、ランビル熱帯雨林の樹高40m~70mもの高所の林冠(キャノピー)(森林の上部表面)付近で繰り広げられる生物の営み、すなわち一斉開花や昆虫と植物などの助け合い(共生)などをツリータワーとウォークウェイで調査した。

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林冠(キャノピー)

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観察用ツリータワー

その研究成果の一部は、NHK「人間大学」で一般向けに解説する予定だったが、残念ながらランビルに向かうための飛行機が奇しくもランビル丘に墜落して帰らぬ人となった。

そのテキストは、日本放送出版協会(NHK)から『生命の宝庫・熱帯雨林』として発行されている。
熱帯雨林の生態系などに関心のある方にはご一読をお勧めする。

熱帯林研究に情熱を注いだ故井上教授が志半ばで帰らぬ人となったのは、1997年9月。
そのニュースを私はインドネシアで聞いた。

実は私も、インドネシアでのJICA生物多様性プロジェクトのリーダーとして、熱帯林研究の拠点を整備したいという夢を抱いていたのだ。

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インドネシアJICAプロジェクトでのキャノピー・ウォークウェイ整備
(グヌン・ハリムン国立公園にて)


そのお手本となるコスタリカのラ・セルバ生物学ステーションを訪問したことはあったが、ランビルは名前だけしか知らなかった。是非訪問したいものと、長年にわたり希望していた。

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ラ・セルバ生物学ステーションの研究者棟(コスタリカにて)

その長年の夢がかなったのが、今回の訪問だ。

さらに今回の訪問の際、故井上教授もコスタリカなどをモデルの一つとして、ランビルを熱帯雨林研究の拠点として整備することを計画していたことを聞いた。
単なる生態学研究者としてよりも、研究拠点整備の同じ夢を持った方として、急に身近に感じられるようになった。

その故井上教授のご遺族からの寄贈による研究者宿泊施設「タミジハウス」が設置されている。

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↑写真の左がタミジハウス、右上は研究室棟

ランビルではその後、全国に散らばった故井上教授のお弟子さんや熱帯林研究者などが中心になり、2000年には、前述の80mもの高さのクレーンも整備された。

工事現場にあるようなクレーンで、ゴンドラも70mまで上がることができる。

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しかし、運転手はクレーンの先端まで梯子段を上らなければならない。
私にはとてもできないが、研究者はこんなことまでしなくてはならないのだ!

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初めは認識できた地上の人たちも、ゴンドラが高くなるにつれてアリよりも小さくなる。

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ゴンドラからは、林冠の様子もよく観察できる。

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しかし、この豊かな熱帯雨林の林冠がどこまでも続くわけではない。

国立公園のすぐ際まで、アブラヤシのプランテーションが迫っている。

研究者たちの夢と情熱の舞台が損なわれることのないよう祈るばかりだ。

今日2016年6月18日から、故吉良竜夫先生などとともに故井上民二教授も設立に尽力した日本熱帯生態学会が筑波大学で開催されている。

熱帯林などの研究に情熱と夢をかけている研究者たちとの再会が楽しみだ(学会出席のため、予定稿でスミマセン)。

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mimimomo

こんばんは^^
キャノピーウォークって元は研究のためにあるのですね(@@ わたくしたちは楽しんじゃったけれど・・・
種類が豊富なだけでなくやはり珍しい昆虫や蝶もいるのですね。3センチの蟻(@@ 腕によじ登られたらちょっと怖い^^
by mimimomo (2016-06-18 20:48) 

staka

mimimomoさん
コスタリカでは、研究用の施設をエコツーリズム用に利用していますね。ちょっとスリルもあります。mimimomoさんが楽しまれたのもこのような施設でしょうか。
美しいだけではなく、ちょっと気味の悪い生き物も・・・
by staka (2016-06-19 07:11) 

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